×

社説・コラム

『潮流』 記者会見嫌い

■論説委員・下久保聖司

 特徴的なぎょろ目を左右に振る。「テレビカメラはどこかね。新聞記者とは話さないことにしてるんだ。国民に直接話したい」。40年ほど前、佐藤栄作首相は退陣表明の場でも内閣記者会と衝突。記者が去った官邸の会見室で孤独に、カメラに向けしゃべり通した。

 権力と報道機関の緊張関係を表す光景として、当時の映像を何度か見たことがある。沖縄返還交渉や退陣時期を巡る報道がお気に召さなかったようだ。とはいえ記者の質問や指摘をはなから遠ざけたことで、8年近い長期政権の幕引きに自ら泥を塗った感がある。

 古い話を持ち出したのは海の向こうの、あの人物を思ってのことだ。

 次の米大統領となるトランプ氏は当選から2週間が過ぎた段階でも会見を開かず、報道番組のカメラですら極力遠ざける。動画サイトで政策ビジョンについて一方通行の発信を続ける。

 あちらでも異例という。過去30年間、大統領の多くは当選から3日以内に記者に対応してきた。ネット活用が世の流れとはいえ意図的に会見を避けているのであれば、強気が売りの「トランプ流」も名が廃る。

 マスコミの側にも責任がないとはいえまい。先月、米ワシントンに出張した折、現地の新聞やテレビを見た。トランプ氏の差別的言動を非難するのは当然だとしても、いささかクリントン氏への肩入れが過ぎるのではないかと映った。公平中立や客観性を旨とする日本の選挙報道を知る身にすれば違和感があり、選挙後を勝手に心配してみた。

 このままでいいとはトランプ氏も思っていまい。先日、因縁のニューヨーク・タイムズ本社を訪れ不満をぶちまけたようだ。ひとまず水に流し、会見の場で思う存分、議論を戦わせたらいい。批判や苦言に耳を貸さず自分を「正義」だと勘違いする者こそ危うい。今のわが国にも通じないか。

(2016年11月26日朝刊掲載)

年別アーカイブ