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社説・コラム

社説 カストロ前議長死去 冷戦の「終止符」とせよ

 キューバ革命を率い、社会主義国家を建設した後も米国の圧力と脅しに屈しなかった。そのフィデル・カストロ前国家評議会議長が亡くなった。90歳だった。功罪相半ばとはいえ、巨星落つと表現してもいいだろう。

 国内を巡回した遺灰はきのう、埋葬地の東部サンティアゴデクーバに到着した。1959年の革命蜂起の地である。大勢の人々が集まり、カリスマ政治家の最後を惜しんだ。

 8年前、老いと病から弟ラウル氏に議長職と実権を譲っており死去の影響は限定的だろう。ただ昨年、米国と54年ぶりに国交を回復したばかりだ。転換期にある国には今こそ、精神的な支柱が必要だったともいえる。

 国交回復で米ソ冷戦後のしこりがまた一つ、解消する期待がある。この点は評価するにしても別の見方をすれば、格差を広げかねない大国主導のグローバル化の拡大を意味していよう。

 カストロ氏も気掛かりだったに違いない。不平等解消こそが彼の信念であり、搾取と圧政を重ねた親米独裁政権を倒す革命の原動力だったからだ。「容共」と見なした米側が経済制裁のみならず暗殺も辞さない政権転覆工作を仕掛け、キューバを東側勢力に走らせた感もある。

 結果、62年のキューバ危機が起こる。旧ソ連の核ミサイル配備計画を受け入れ、核戦争の寸前だった。国際社会からキューバが遠ざけられたのも当然だ。

 核の脅威を知ったカストロ氏は後に、核廃絶を訴える側に回る。13年前の来日時、本人のたっての希望で広島市の原爆資料館を訪れ、今夏に安倍晋三首相の表敬訪問を受けた際も「核なき世界」の実現への意欲を見せた。被爆国にすれば大きな理解者を失ったのは残念だ。

 内政に目を向ければ、無償化を柱とする医療や教育の充実に心を砕いた。途上国ではまれな識字率向上と乳幼児死亡率の低下につなげた。医療支援を通じてアフリカ諸国と関係を深めるキューバ外交は定評がある。

 ただ理想と現実のギャップが広がっていたのも確かだ。ソ連崩壊で後ろ盾を失った90年代以降、経済は困窮を極め、米国などへの亡命者が後を絶たない。行き詰まりを見せる社会主義体制をそれでも維持するため反体制活動を弾圧し言論も封じた。「独裁者」の一面で死去の報に米国の亡命キューバ人から歓声が上がったのが象徴的だろう。

 国交回復を進めたオバマ大統領の演説にもカストロ氏は「米国からの贈り物は必要ない」と一言居士ぶりを見せた。国民の反骨心を代弁したといえる。問題はカリスマ亡き後だが、にわかに暗雲が立ちこめる。

 キューバにすれば米大統領選は予想外の結果だった。トランプ氏は断交の可能性にも言及している。共和党を中心に米議会には和解に否定的な意見が多く、オバマ氏の大統領令に支えられた貿易や投資が停滞する恐れがなきにしもあらずだ。いまだ残る冷戦構造に「終止符」を打つ機会だ。次期米政権には冷静な対応を求めたい。

 キューバにしても国際社会から批判されている人権弾圧をやめ、不自然な一党独裁も改めるべきだ。経済だけの自由化を求めるのは虫がよすぎる。日本など企業進出を狙う国々の側も、闇に目を背けて実利を追うだけでは真の友好関係は築けまい。

(2016年12月5日朝刊掲載)

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