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社説・コラム

社説 日露首脳会談 領土返還の道は険しく

 これが「新たなアプローチ」なのか。安倍晋三首相の地元・長門市と東京で行われたロシアのプーチン大統領との首脳会談が幕を閉じた。北方四島での共同経済活動に向けた協議開始が最大の「成果」だろう。戦後71年を経ても結ばれない平和条約締結への重要な一歩だ、と首相は共同会見で胸を張った。

 総額3千億円規模という8項目の経済協力プランも合意された。ウクライナ問題で欧米の経済制裁を受けるロシアにとって大きな実利を得た格好になる。冷戦下で対立した隣国と結び付きが深まることは望ましいが、肝心の北方領土の帰属問題で進展がなく事実上、素通りしたのは残念だ。首相も認めた通り、解決には困難な道が続く。

 ロシアが実効支配する4島のうち、歯舞群島と色丹島の先行返還の合意を取り付ける。少し前までそんなシナリオが語られていた。今回、元島民の往来手続きの簡素化はうたわれたが、「突破口を開く手応えを得た」と力強かった5月段階の首相の言葉に期待した人たちは落差をどう思うか。「国民の大半ががっかりしている」とは自民党の二階俊博幹事長の弁である。

 主導権を握るプーチン氏の関心は何より経済協力にあろう。共同会見でもその成果を事細かく語り、平和条約の話は申し訳程度に付け足した。領土問題を聞かれても、歴史的な経緯をまくしたてて譲る気などないように見えた。安全保障上の理由もあってロシアは北方領土を巡る態度を硬化させており、その状況が反映されたとみていい。

 首相が「特別な制度で」と言う共同経済活動も先行きが見通せない。漁業、観光、医療などの分野が示されたが、具体的な議論はこれからだ。とりわけ日本人が4島で活動する根拠となる主権問題はどうなるのか。

 プレス向け共同声明では平和条約に関する両国の立場を害さないとした上で「しかるべき法的基盤」の検討をうたった。重要な部分をあいまいにした感もある。ロシア側は早速、自分たちの国の法制度が適用されると説明している。このままでは、共同経済活動の案が何度も浮上しながら実現しなかった過去の経緯を繰り返しかねない。

 むろん両首脳が強調したように互いの言い分を主張し合って反目を続けるより、北方領土で一緒に活動すれば信頼醸成になるという発想は分かる。かといって帰属問題を置き去りにしたまま平和条約締結の流れになるとすればプーチン氏の主張通りだ。首相の強調する未来志向が仮に主権問題の棚上げにつながるなら国民に説明がつくまい。

 最悪の場合、最大の交渉カードとした経済協力の果実だけを「食い逃げ」されて前に進まない恐れが、やはりあろう。資源豊富なロシアとの経済関係強化は日本の企業活動やエネルギー政策にメリットがあるとはいえ本末転倒になりはしないか。

 安倍政権の姿勢が問われる。一時は首脳会談で成果があれば衆院解散に踏み切るという観測があった。「私たちの手で平和条約のない異常な状態に終止符を」と首相は力説したが、過剰な夢だけを振りまくのは許されない。今がスタートラインなのは確かだ。功を焦らず、妥協は排して粘り強く解決の道筋を示す外交力が求められる。それだけプーチン氏はしたたかだ。

(2016年12月17日朝刊掲載)

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