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中国地方2016回顧 文芸 原爆文学資料 収集進む 「子どもの本」考察も

 被爆から71年を迎えたことし、原爆の惨禍を刻んだ文学資料の発掘や保存活用に向けた動きは活発だった。後世に引き継ごうとする関係者の熱意を映し出す。

 小説「夏の花」で知られる被爆作家の原民喜が、晩年に文芸誌で発表した「鎮魂歌」など小説4編の直筆原稿が出版社の収蔵庫で見つかり、民喜のおいで著作権継承者の原時彦(82)に返却された。執筆時の思いや苦悩が筆跡ににじむ。原爆資料館(広島市中区)に収蔵された。

 広島女学院大は、同大図書館で所蔵していた栗原貞子の原爆詩の代表作「生ましめんかな」が記された創作ノートを市に寄託。被爆直後の惨状を記した峠三吉の日記2冊も、所蔵する共産党中央委員会から市に寄託され、いずれも原爆資料館に収められた。

 市と広島文学資料保全の会(土屋時子代表)は、この3人の直筆資料について国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(記憶遺産)への登録を目指している。2015年に国内2枠の候補入りを逸したが、17年の再挑戦に向け、申請対象や関連の資料が同館にそろってきたのは弾みとなりそうだ。

 歌人の正田篠枝が敗戦後の占領下で発行した私家版の原爆歌集「さんげ」も、新たに同館に寄贈された。貴重な資料が生かされるよう、いっそうの情報発信に期待したい。

 新資料の発見もあった。福山市出身の作家井伏鱒二が郷里の友人に宛てた手紙とはがき計162通。執筆に苦悩する青年時代がうかがえ、注目される。

 東日本大震災から5年の節目に合わせ、日本ペンクラブはフォーラム「子どもたちの未来、子どもの本の未来」を広島市で開いた。広島の被爆者でもある那須正幹(74)や被爆2世の朽木祥(59)たち、原爆や戦争、原発問題も題材に物語を紡いできた児童文学作家らが、記憶を語り継ぐ創作の意義を語り合った。

 オバマ米大統領の広島訪問や広島東洋カープの25年ぶりのリーグ制覇など、広島が脚光を浴びた1年でもあった。関連書籍が数多く出版され、地元の書店はコーナーを特設するなど活気づいた。

 地元出身作家の活躍も目立った。歌人としても活躍する広島市出身の東直子(53)は小説「いとの森の家」で坪田譲治文学賞を受賞。同市出身の今村夏子(36)の「あひる」は芥川賞候補、尾道市出身の湊かなえ(43)の「ポイズンドーター・ホーリーマザー」は直木賞候補にそれぞれ挙げられた。

 広島や呉を舞台に戦時下の日常を描いたアニメーション映画「この世界の片隅に」のヒットを受け、広島市出身の漫画家こうの史代(48)による同名の原作が増刷を繰り返した。

 文芸春秋各誌で編集長を務めた松江観光協会観光文化プロデューサーの高橋一清(72)が主宰する「松江文学学校」は、再び一線の作家を講師に招くスタイルとなり、芥川賞作家の青来有一や直木賞作家の黒川博行らが登壇した。第48回中国短編文学賞は、山口県周防大島町の医師郡(こおり)章典(58)が地域色豊かにつづった「波光」が大賞に輝いた。

 広島本大賞は6回目。小説部門は飛騨俊吾(52)の「エンジェルボール」全4巻(双葉社)、ノンフィクション部門は漫画家新久千映(36)の「新久千映のまんぷく広島」(KADOKAWA)に贈った。福山市出身のミステリー作家島田荘司(68)が中国文化賞に選ばれた。=敬称略(石井雄一)

(2016年12月28日朝刊掲載)

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