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社説・コラム

社説 トランプ大統領就任 一国主義 懸念浮き彫り

 ここまで期待より、不安を広げる米大統領が過去にいただろうか。ドナルド・トランプ氏が第45代のトップに就いた。

 早速、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱や、メキシコ国境に壁を建設するなどの政策を発表している。新政権発足とともに、国民に「転換」を印象付ける狙いなのだろう。

保護政策を前面

 これまでの保護主義、排外主義的な言動を本当に政策に反映することになれば国際社会の混乱は避けられまい。世界一の大国を本当に率いることができるのか。新大統領は多難な船出と言わざるを得ない。

 就任演説のポイントは「米国第一主義」がむき出しになったことだ。「雇用を奪う外国から国境を守らなければならない」と、保護主義的な政策を宣言した。「バイ・アメリカン(米国製品を購入せよ)」「ハイヤー・アメリカン(米国人を雇用せよ)」という原則を掲げた。

 これまで米国の強みは移民を受け入れ、産業を活性化することで国を発展させることだったはずだ。その姿勢を変え、特定の貿易相手国を敵対視するような言動は看過できない。これでは積み上げられてきた国際秩序は大きく揺らぎかねない。

 さらに「政府から恩恵を享受するのは一握りの人々」などと既存政治を強く批判した。社会の分断や敵意をあえてあおる姿のように映る。現に就任式の日には首都ワシントンで抗議デモが相次ぎ、警察が催涙ガスで応じる事態に発展した。

詰められぬ政策

 こうした状況を重く受け止め、社会の軋轢(あつれき)の修復に努める姿勢を見せる必要がある。

 演説だけではない。その後に発表した政権の基本政策も波紋を投げ掛けたといえよう。

 TPPからの離脱のほか、カナダとメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)も再交渉に臨むと表明した。2013年に定めた、温暖化防止のために火力発電所を規制するなどした行動計画の廃止を決めた。いずれもオバマ前大統領が進めた政策の「逆張り」といえる。

 ただ新政権の政策が詰められているとは言い難い。例えば、最初に大統領令に署名した医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃である。トランプ氏は「速やかに代替案を出す」としていたが、いまだ具体策を示さない。このままでは2千万人以上が無保険に戻る懸念も残る。

 前政権の仕事を否定することばかりに躍起になるなら、無責任とのそしりは拭えまい。

 理念より実利、国際協調より国益第一―。トランプ氏のビジョンを表すと、そうなるのかもしれない。損か得かで判断するビジネスに近い感覚に思える。

 しかし世界の貿易、経済、外交のリーダーとして国際秩序を導く姿勢がなければ世界は一体どうなるだろう。

 とりわけ関心を集めているのがもう一つの超大国ロシアとの関係だ。プーチン大統領との関係改善に積極的なあまり、クリミア半島の併合に象徴される力による領土拡張を容認する可能性すらある。

 さらにいえば中国とも「一つの中国」原則の見直しを示唆するなど、対立をあえてあおっている節がある。自国の利益につなげるため、「取引外交」を進めれば、これまでの国際ルールや秩序を乱すことになろう。

オバマ路線継げ

 私たち被爆地が最も心配になるのが、そのトランプ氏が「核のボタン」を握ることだ。核兵器なき世界を模索したオバマ政権とは対極になりかねない。

 昨年末に「核戦力の大幅な強化を」と主張した一方、ことしに入りロシアとウクライナ情勢に絡めて核軍縮交渉に前向きな姿勢を示すなど、場当たり的な対応が目立つ。核兵器を外交の取引材料の一つととらえているのなら言語道断である。冷戦終結後、歴代大統領が核軍縮へ努力を積み重ねてきたことを理解していないとしか思えない。

 トランプ政権の一国主義が、かえって軍事的な緊張と軍拡につながることを危惧する。少なくとも核政策でオバマ氏の理念を継承することを求めたい。

(2017年1月22日朝刊掲載)

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