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被爆証言会 命ある限り 広島でバー営む冨恵さん 病押し135回目

 経営する広島市中区薬研堀のバーで11年前から毎月6日に被爆証言会を開いている冨恵洋次郎(とみえ・ようじろう)さん(37)=中区=が1月下旬、末期の肺がんと診断された。入院して闘病中だが、6日はがん宣告後初めて店頭に戻った。「被爆者がつらい体験を話すのに、このぐらいでは…」。友人らの協力も得て、証言会は命ある限り続ける決意だ。(山本祐司)

 この日は入院先で放射線と抗がん剤の治療を終え、医師の許可を得て駆け付けた。小雨が降り肌寒い中でも、広島県内や東京などから約20人が訪れ、会場はいっぱいに。冨恵さんは「いつも通り」客を案内した。

 証言したのは、4歳で被爆した伊藤正雄さん(76)=佐伯区。自分の記憶に加え、市の「被爆体験伝承者」として、12歳で被爆した松原美代子さん(84)=南区=の経験も話した。

 証言会を始めたのは2006年2月。原爆について客に質問されて答えられなかったのが、きっかけ。バーで開くユニークなスタイルにネオン街で働く若者も集った。中区本通に開いた別の店が12年に火事になった時も、やめなかった。

 そんな冨恵さんが突然病魔に襲われた。昨年12月10日頃、営業中に声がかすれて話せなくなった。声帯の異常と思い、耳鼻咽喉科に通った。しかし原因は分からない。大みそかだけ休んで営業は続けたが、年明けには眠れないほど右胸辺りが痛くなった。

 1月6日の証言会後に入院。精密検査を受け、20日に病状を宣告された。「目の前が真っ暗になった」。1週間沈み込んだ。何が大切か考え続け、割り切れた。前向きに進むしかない、と。

 高校時代の同級生で飲食店経営の迫田匡人さん(37)=中区=らが店を手伝ってくれる。135回目の会を終えた冨恵さんは「仲間の助けもあり、今日も被爆者が生き抜いた話に元気をもらった」と話していた。

(2017年2月7日朝刊掲載)

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