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社説・コラム

天風録 「イグネの記憶」

 出雲平野のよき風景といえば、築地松(ついじまつ)である。農家の西側と北側に植えたクロマツが擁壁のごとく刈り込まれ、冬の季節風を防ぐ。出雲に<大和とは異なった文化的雰囲気>を感じた美術家岡本太郎も、この地を旅して写真に残した▲こうした屋敷林は、呼び名は変われど列島のあちらこちらで守られてきた。東北では屋敷境を意味するイグネの名がある。福島県飯舘村にも立派なイグネがあったが、原発事故後の除染で切り倒される運命に。その証しを広島市内の画廊に見つけた▲村人佐藤公一さんが出品した「柏(かしわ)の落ち葉」である。文字通り風雪をともにした杉は切ったが、一本の柏は残した。その葉を標本のようにして▲ギャラリー交差611で開催中の「いいたてミュージアム」は事故前の暮らしを村人のモノでたどる試みだ。山繭の標本も、肉用牛の繁殖暦も、今となっては奪われた山里の証人である。いとおしくて、そして悲しい▲村では人の住まぬ古い家の解体が進むが、神棚までごみに出すに忍びず、お焚上(たきあ)げしてもらう。だが土人形の恵比寿(えびす)や大黒は燃え残り、今は画廊におわす。原爆資料館のあまたの遺品と瞬時に重なり、それもまた胸が詰まる。

(2017年2月19日朝刊掲載)

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