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不穏な世界に関心を 被爆2世作家朽木祥さん 新刊小説 テロや核… 拭えぬ危機感

 核の脅威を伝えていくことをライフワークに物語を紡いできた、被爆2世で広島市出身の児童文学作家朽木祥さん(60)=神奈川県鎌倉市。不穏な世界情勢への危機感に突き動かされるように執筆した新刊「海に向かう足あと」(写真・KADOKAWA)は、自身初となる一般向け小説だ。6人のヨットクルーたちのささやかな日々と、それが突然断ち切られてしまう恐怖を描く。(石井雄一)

 物語の舞台は、神奈川県の三浦半島に設定した「風色湾」。キャプテンの村雲佑をはじめとする6人のヨットクルーが、念願の新艇「エオリアン・ハープ号」を手に入れ、外洋の小さな島を起点にしたレースに出る計画を立てる。

 寡黙な照明デザイナーの村雲や、家族思いの公務員三好広之、政府の研究機関で働く諸橋亮…。物語の前半は、6人が大型連休中のレースを目指して充実した日々を送り、家族や恋人、ペットを大切に思う姿を細やかに、情感豊かに描く。

 「登場人物の生きる喜びや、ささやかでも海にはじける光のような輝きを描き出せれば、何か事が起きた時、失われるものの大きさがいっそう際立つ」と朽木さん。レースのスタート地点に着いた村雲たちは、政府のあるプロジェクトに加わり遅れて来る諸橋や、応援に訪れる家族の合流を待つ。ところが、彼らは現れず、電話もつながらなくなってしまう。

 朽木さんは2005年にデビューした。「光のうつしえ」や「八月の光・あとかた」など、ヒロシマを次世代に伝える児童文学を発表してきた。子どもたちの未来を考えた時、「10年先どころか1年先を語ることさえ難しくなっている」と感じるという。

 穏やかな日常が断たれていく物語の終盤、ベテランヨットクルーの相原がこうこぼす。「俺もお前も、お前らも、ぼんやりとでもわかってただろう。こんな日が来るかもしれないって」

 世界各地で頻発するテロや、核やミサイルの開発―。「私たちの多くは現実を見ないでやり過ごそうとしている。核に関心を持たずにきた人にも、自分にも降りかかる恐ろしい終末があり得ることに考えを巡らせてほしい」。そんな思いから、幅広い世代に向けた作品の執筆を決意したという。

 <恐ろしいほどの幸せ/我々がどんな世界に生きているか/はっきりと知らないでいられるのは>。作中に引用した、1996年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの女性詩人ウィスワワ・シンボルスカの詩が、今の世界に重く響く。「無関心が一番恐ろしい。物語の中の人々はもしかしたら明日の私たちかもしれない、と感じてもらえたら」

 装画は牧野千穂さんが手掛けた。248ページ、1512円。

(2017年2月22日朝刊掲載)

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