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指定拡大 見送り 「黒い雨」 厚労相が方針 広島市は要望継続

 広島原爆で降った「黒い雨」の援護対象となる国の指定地域見直しで、小宮山洋子厚生労働相は31日、閣議後の記者会見で、広島市などが求めた約6倍への拡大を現時点では見送る方針を事実上、表明した。ただ、市側は納得しておらず、政治判断で広げるよう今後も要望を続ける。

 小宮山氏は、市が拡大の根拠とする2008年度の住民調査を検証した同省の有識者検討会が「原爆放射線による健康影響の合理的根拠とはならない」として拡大に否定的な報告書を出したのを重視。「科学的合理的に考えて範囲を広げられないという報告書を受け取っており、拡大は難しい」と強調した。

 一方、黒い雨体験者に精神面での不調を認めた検討会の提案に沿い、相談事業などに取り組む考えを示した。

 小宮山氏は30日に広島市の松井一実市長から拡大へ政治判断を求められて「事務的にもう少し詰めたい」と答えていたが、会見で、記者団が拡大も含めて考える意味か問うたのに対し「違う」と明確に否定。被爆者援護策全般で高齢化を踏まえて対応する趣旨だとした。

 一方、松井市長は「交渉の厳しさは分かるが、まだ間口は開いていると思う」と述べ、引き続き拡大を求める姿勢を示した。民主党の広島、長崎両県選出国会議員らでつくる被爆者問題議員懇談会も厚労省へさらなる対応を求める方針だ。

 黒い雨をめぐっては国が「第1種健康診断特例区域」に指定した「大雨地域」の住民らは健康診断を受けられるが、「小雨地域」も含めた未指定地域には援護がない。広島市や周辺2市5町、広島県は調査から未指定地域で黒い雨の体験者も「心身健康面が被爆者に匹敵するほど不良」として10年に拡大を要望していた。(岡田浩平、田中美千子)

「黒い雨」拡大見送り 「何とか理解を」 被害住民ら怒り・落胆

 広島原爆で降った「黒い雨」の指定地域見直しをめぐり、小宮山洋子厚生労働相が拡大を見送る方針を表明した31日、被害を訴えてきた住民たちに怒りや落胆が広がった。

 広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会の高野正明会長(74)=佐伯区=は「長年、被害住民の声を訴え続けてきた。厚労省には真剣に聞いてくれる人が誰一人いないのか」と憤った。

 「政治判断を期待していたのに」。上安・相田地区黒い雨の会の吉田良文副会長(74)=安佐南区=はため息をついた。「住民は高齢化し、既に亡くなった人も多い。何とか理解してほしい」

 両団体は、民主党の広島、長崎両県選出国会議員たちでつくる被爆者問題議員懇談会に招かれ、8月1日の会合に出席する。これまでの活動や主張を説明する。吉田副会長は「拡大を検討する余地が本当にないのか、ただしたい」と話した。

 2008年、広島市と広島県の黒い雨の調査で、解析を担当した広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)の大滝慈教授(統計学)は「指定地域外でも相当量の黒い雨が降ったのは明らか。拡大しないとの判断は救済されるべき人を切り捨てることにつながる」と指摘した。(田中美千子)

【解説】 検討会の判断に追従 議論ない政治姿勢疑問

 広島市が要望する原爆の「黒い雨」の指定地域拡大に対し、厚生労働省は「難しい」と繰り返すことで幕引きを図っている。「科学的」な検証から拡大を否定した有識者検討会の判断に従ったにすぎない。67年前の被害の実態を訴える住民に向き合った上での政治判断が問われている。

 小宮山洋子厚労相は、検討会が報告書をまとめた翌日の7月10日の会見や、30日の松井一実市長との面会で、拡大は「難しい」と繰り返してきた。「有識者検討会の判断があるから」との一線を踏み出さぬまま、見送りを事実上表明した。

 「要望されても『今のままでは難しい』という状況が続くということだ」と省幹部。表現に「余韻」は残すが、拡大するとの意思は伝わってこない。

 これまでの政治の姿勢に疑問がある。検討会の議論は政務三役に伝わっているが、拡大の是非をめぐり議論した形跡はない。広げるという政策転換がないなら、現状と同じで、判断する必要はないとの理屈だ。

 民主党の動きも鈍かった。被爆者問題議員懇談会は検討会の方向がほぼ見えた5月から黒い雨の議論を始めた。今日ようやく、要望地域の住民らの話を聞く段取りだ。

 黒い雨をめぐっては、科学者により放射性降下物の痕跡や健康影響の研究がまだ続いている。検討会に調査の手法を酷評された市も巻き返しへ新たな材料を探る努力がいる。最後は政治の責任で多角的に判断し、救済を急ぐべきだ。これで幕引きにさせてはならない。(岡田浩平)

(2012年8月1日朝刊掲載)

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