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ヒロシマに勇気 音楽喫茶ムシカ「第九」伝説を映画化

■記者 新田葉子

 被爆翌年の大みそか、広島市の音楽喫茶「ムシカ」でかけたレコードが、市民に生きる勇気を与えたという「伝説」の映画化が計画されている。手掛けるのは被爆者の祖父を持ち、今も受け継がれるエピソードに心打たれた神奈川県藤沢市の映画プロデューサー兼監督小林一平さん(61)。来年8月6日までの上映を目指す。

 雪舞う大みそかの猿猴橋町が実話の舞台。蓄音機から流れるベートーベンの「交響曲第九番」に、店内に入りきれないほどの人たちが集まった。いてつく窓に耳をあて、漏れてくる「歓喜の歌」に涙する市民の姿…。それはムシカを営んでいた故梁川(やながわ)義雄さんが、闇市で米と換えたレコード7枚の音色だった。

 小林さんは8月、亡父の大平(たいへい)さんが監督補佐を務めた原爆映画「ひろしま」を上映する打ち合わせで広島市を訪ねた。その際、ムシカのエピソードを記録した絵本「よろこびのうた」を読んだ。

 翌月、上映会のために再訪。梁川さんの長男忠孝さん(65)が受け継ぎ、今は南区西蟹屋に移ったムシカに2日間通った。音楽が支えた復興の軌跡と、閉店していた2度の冬を除き、毎年大みそかに第九を流す忠孝さんの姿に映画化を決意した。

 小林さんは「音楽どころじゃない時代。梁川さんの情熱と、第九の音色に生きる勇気を受け取った市民の力強さを伝えたい」と熱く語る。これまでに「翔べオオムラサキ」「黒潮物語・海からの贈りもの」など文部科学省選定の映画を制作・撮影した経験を生かす。

 ムシカの伝説は、当時を知る人たちへのインタビューや絵本の挿絵を使って映像化。ムシカに現存するレコード7枚の曲の時間を意識し、約70分にまとめる。今は構想を練り、制作資金集めに力を注いでいる。

 忠孝さんは「戦後、途切れることなく市民の共感を呼んできたムシカの第九。それを映像で未来へとつなごうとしている小林さんの思いを大事にしたい」とエールを送っている。

(2008年11月17日朝刊掲載)

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