×

連載・特集

緑地帯 朴さんの手紙 久保田桂子 <6>

 朴道興(パク・ドフン)さんの親友、山根秋夫さんの故郷が広島県坂町と見当がつき、つてを頼って捜してもらった。山根さんの消息がつかめるまで1カ月もかからなかった。

 ある夏の日、職場に電話がかかってきた。「広島の山根さんって方だって」。びっくりして振り返ると、先輩が不思議そうな顔で受話器を渡した。「あなたが捜しているのは、私の夫だった人かもしれません」。電話口の向こうの声は小さく震えていた。山根さんの元妻、みすえさんだった。

 ぽつりぽつりと話される、所属部隊やシベリアの抑留先。全て朴さんの話と一致した。そして、夫は39歳で亡くなっている、と言った。私が会ってお話を聞きたいと言うと、心が千々に乱れてしまって、少し待ってください、と言われた。

 私は朴さんのために、すぐにでも行って確認したかったが、夫の死後に夫の弟と再婚したみすえさんにとって、夫とのことは長い間ずっと心にしまっておいた大切な思い出だった。彼女が戸惑うのも当然だった。

 すぐにお会いできない代わりに、と送ってくれた山根さんの写真は、すぐに朴さんに送った。数日後、ソウルから速達で返事が来た。文字は乱れていた。「全身の力がぬけました 今も心と手がふるえて書ができないです」。急いで手紙を出したのは、みすえさんへの取材について案じたからだ、と書いてあった。「みすえさんに会えば 昔の事を思い出し胸を痛めるようにならないかと心配です ながい時間が流れたので どうしてよいか」(映像作家=長野県)

(2017年3月23日朝刊掲載)

年別アーカイブ