社説 核兵器禁止条約と日本 不参加に深く失望する
17年3月29日
「核兵器禁止条約」制定に向けて米ニューヨークの国連本部で開幕した会議に、日本は参加しないという。核兵器保有国が参加しないまま交渉を進めるならば国際社会の分断が深まるというのが理由だが、被爆国の果たす役割を放棄したかのような外交姿勢に深く失望する。
この禁止条約の交渉開始を定めた決議には、昨年10月の国連総会第1委員会で123カ国が賛成し、12月の総会で採択された。核兵器非合法化への第一歩であり、長きにわたった核時代の転機となり得る。
いわば歴史に残る国際舞台であり、それにふさわしい言葉を選ぶべきだ。にもかかわらず、高見沢将林軍縮大使の演説にあったのは「現実的な視点が欠かせない」という文言だった。
そうではあるまい。核兵器不使用を裏打ちできるのは核兵器廃絶しかない、という理念をまず語るべきではないのか。
岸田文雄外相は「核兵器禁止条約交渉については、日本として主張すべきは主張していくことが重要である」と述べている。その通りに違いない。
高見沢大使も、被爆の実相と核兵器の非人道性への正確な認識を世界に訴える日本の使命について重ねて強調した。これに関しても異論はあるまい。
ところがその一方で、核保有国が参加しない条約の交渉は現実に資さない、保有国と非保有国の溝がいっそう深まる―という立場を取るのは、うなずけない。その保有国を説得して政策を転換させるのが、被爆国の歴史的役割であるはずだ。多くの被爆者の願いでもあろう。
確かに、核開発を続け6回目の実験に踏み切るような動きを見せる北朝鮮など、国際社会には深刻な安全保障上の脅威が存在するのは事実である。私たちも、北東アジアの非核化に向け、外交圧力と対話で北朝鮮を粘り強く説得する努力が求められていると主張してきた。
冷戦終結後でいえば、核拡散のリスクは最も高まっていると言っていい。そのリスクを高めているのは北朝鮮だけではなく、交渉に不参加の米国やロシアなど保有国も同じだろう。
とりわけトランプ米大統領は就任早々、核保有国としての優位性を保ちつつ核戦力を強化することに強い意欲を示した。広島・長崎以降の「核使用というタブー」も意に介さない、と指摘する米の専門家もいる。
保有国と非保有国の溝をかえって深めているのは、トランプ氏のこの軽挙妄動ではあるまいか。日本政府はこの動きに触れようとしないが、「日米同盟」重視に傾くあまり、現実を追認しているというほかない。
ただ、条約推進国が100カ国を超したことは保有国に対する強い圧力となる。米国の国連大使が会場の外で「議場にいる人たちはわれわれが直面している安全保障上の脅威を理解しているのか」と非難したことは危機感の表れともいえよう。
非政府組織(NGO)ピースボートの川崎哲共同代表は「禁止条約ができれば、核兵器の使用や保有は犯罪だという規範が広がる。保有国も政策変更を迫られることになるはずだ」と言う。日本政府の主張する段階的な核軍縮が今、果たして有効なのか。核兵器禁止条約の意義をいま一度見直し、非保有国とともに歩むべきである。
(2017年3月29日朝刊掲載)
この禁止条約の交渉開始を定めた決議には、昨年10月の国連総会第1委員会で123カ国が賛成し、12月の総会で採択された。核兵器非合法化への第一歩であり、長きにわたった核時代の転機となり得る。
いわば歴史に残る国際舞台であり、それにふさわしい言葉を選ぶべきだ。にもかかわらず、高見沢将林軍縮大使の演説にあったのは「現実的な視点が欠かせない」という文言だった。
そうではあるまい。核兵器不使用を裏打ちできるのは核兵器廃絶しかない、という理念をまず語るべきではないのか。
岸田文雄外相は「核兵器禁止条約交渉については、日本として主張すべきは主張していくことが重要である」と述べている。その通りに違いない。
高見沢大使も、被爆の実相と核兵器の非人道性への正確な認識を世界に訴える日本の使命について重ねて強調した。これに関しても異論はあるまい。
ところがその一方で、核保有国が参加しない条約の交渉は現実に資さない、保有国と非保有国の溝がいっそう深まる―という立場を取るのは、うなずけない。その保有国を説得して政策を転換させるのが、被爆国の歴史的役割であるはずだ。多くの被爆者の願いでもあろう。
確かに、核開発を続け6回目の実験に踏み切るような動きを見せる北朝鮮など、国際社会には深刻な安全保障上の脅威が存在するのは事実である。私たちも、北東アジアの非核化に向け、外交圧力と対話で北朝鮮を粘り強く説得する努力が求められていると主張してきた。
冷戦終結後でいえば、核拡散のリスクは最も高まっていると言っていい。そのリスクを高めているのは北朝鮮だけではなく、交渉に不参加の米国やロシアなど保有国も同じだろう。
とりわけトランプ米大統領は就任早々、核保有国としての優位性を保ちつつ核戦力を強化することに強い意欲を示した。広島・長崎以降の「核使用というタブー」も意に介さない、と指摘する米の専門家もいる。
保有国と非保有国の溝をかえって深めているのは、トランプ氏のこの軽挙妄動ではあるまいか。日本政府はこの動きに触れようとしないが、「日米同盟」重視に傾くあまり、現実を追認しているというほかない。
ただ、条約推進国が100カ国を超したことは保有国に対する強い圧力となる。米国の国連大使が会場の外で「議場にいる人たちはわれわれが直面している安全保障上の脅威を理解しているのか」と非難したことは危機感の表れともいえよう。
非政府組織(NGO)ピースボートの川崎哲共同代表は「禁止条約ができれば、核兵器の使用や保有は犯罪だという規範が広がる。保有国も政策変更を迫られることになるはずだ」と言う。日本政府の主張する段階的な核軍縮が今、果たして有効なのか。核兵器禁止条約の意義をいま一度見直し、非保有国とともに歩むべきである。
(2017年3月29日朝刊掲載)