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「この世界の片隅に」を語る 僧侶とこうの史代さんトークショー

人の存在 いとおしさ実感/絶望感の中 希望与える縁

 アニメ映画「この世界の片隅に」の原作者で漫画家の、こうの史代さん(48)=京都府福知山市=と僧侶たちによるトークショーが5日、広島市中区のJMSアステールプラザであった。同市中心部の浄土真宗本願寺派寺院75寺でつくる連絡協議会が、釈迦(しゃか)の生誕を祝う「花まつり」の行事として企画。門信徒たち約400人が来場し、原作漫画や映画製作の裏話を聞きながら命の尊さを考えた。(桜井邦彦)

 トークショーは、こうのさんと、広島市中区で映画館「八丁座」などを運営する序破急の蔵本健太郎支配人(39)が出演。浄土真宗僧侶で宗教学者の釈徹宗さん(55)=大阪府池田市=がコーディネーターを務めた。企画した西念寺(西区)の宮武大悟副住職(38)と、僧侶役の声優として映画に出演した浄圓寺(中区)の上園陽副住職(34)も登壇し、発言した。

 映画は、旧日本海軍の軍港だった呉市を舞台にし、主人公のすずを中心に戦争と向き合う庶民の生活を描いた。戦争の悲惨さだけでなく食卓を中心に清貧な暮らしぶりにもスポットを当てた場面展開が、トークショーの中で再三話題になり、こうのさんは「戦争の体験談を語ってくれる方がだんだんと少なくなる。そこを補うような作品にしたかった」と語った。

結婚式で讃仏偈

 僧侶たちは映画中の宗教的な場面にも注目した。すずが広島市から呉市へ嫁ぎ、自宅の仏間で営まれた結婚式で列席者が声をそろえて讃仏偈(さんぶつげ)を唱えるシーン。西区出身のこうのさんは「讃仏偈はうちでは必ずご飯の前に唱えていて懐かしい」と、母方の祖父が本願寺派の僧侶で熱心な安芸門徒の家に生まれ育った自らの歩みも紹介した。

 上園副住職が「こうした場では、全員でお勤めするのが広島の浄土真宗のスタイル。大切なところをくみ取っていただいた」と話すと、こうのさんは「私の両親が(本願寺)広島別院で仏式結婚式をし、指輪の代わりに数珠を交換したと聞かされた。それより前の時代はきっと仏式が多かったのでは」と、結婚式の場面設定を解説した。

 空襲の時限爆弾で右手を失ったすずが、敗戦に悔しさをにじませるシーンに触れたのは宮武副住職。「雑草を食べるほどの極貧状態で強く生き抜くすずちゃんが、玉音放送を聞いて『右手がのうなっても、うちには左手がある。まだやれる』と思い詰める姿に胸が締め付けられた」

「力与える作品」

 蔵本さんによると、映画はリピーターの観賞が多く、20~30回と通う人もいるという。「公開が始まった1週間は上映後に自然と拍手が起きた。感動が心に残って、じわじわとくる映画」と蔵本さん。「大震災を経て、2、3年先が見通せない時代。見る側に頑張って生きていこうと感じさせてくれる作品」とメッセージ性に着目した。

 釈さんは「われわれの存在がはかない分、いとおしさを感じさせられた」と心の面から作品にアプローチ。「人類は苦労して、それぞれがかけがえのない存在だという理念にたどり着いた。だが、戦争という特殊な状況ではその前提はいったん横に置かれ、日常が覆される」と平和の大切さに思いをはせた。

 映画の最後は、すずが被爆地で戦災孤児と出会い、呉へ連れて帰る。絶望感の中に希望を抱かせる場面に、こうのさんは「血縁がなくても、何かがきっかけでつながる縁がある」と、作品の大切なメッセージの一つとして「縁」を強調した。

(2017年4月17日朝刊掲載)

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