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社説・コラム

天風録 「基地が居座る現実」

 那覇市のある旅館は、女将(おかみ)と娘の名を一字ずつ取って屋号にしている。本土復帰の前夜、民俗学者宮本常一が投宿し、戦前と今と沖縄はどちらが良いか尋ねた。女将が言うには「戦前は怖いのはハブだけ。今は人が怖い」▲米軍基地からベトナムへ爆撃機が絶え間なく飛び立っていた。金網の先の補給物資を横目に、国を守るということは人を殺す準備をしなければできないことなのか―と宮本は自問する。「私の日本地図8―沖縄」にある50年近く前の文章だが、古びていない▲わずか1年前、元海兵隊員の軍属が若い女性をあやめた。基地が居座る現実の証しというには、あまりにも悲しい▲事件後、軍属の範囲を縮小するなど、日米政府は地位協定に手を加えた。しかし、事の本質は基地の整理縮小である。きのう翁長雄志(おなが・たけし)知事が「被害女性の思いに政治がどのように応えていけるか、いま一度考え、行動する」と述べたのは理にかなっていよう▲くだんの宿の娘さんはその後、米軍車両による事故で亡くなった。宮本を案内した元博物館員の上江洲(うえず)均さんは女将から思い出話の最後に聞いて驚いたという。旅館は今も同じ屋号で営まれているそうで、わが胸もつまる。

(2017年4月29日朝刊掲載)

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