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社説・コラム

天風録 「核実験に〝物言い〟」

 長崎県の五島では櫓(ろ)を押し、網を掛けることに秀でた漁師が腕を買われた。多くはイワシ漁が盛んな瀬戸内海から稼ぎに来て、泳ぐ鯨を網で御したと伝わる。きのう訃報を聞いた元横綱佐田の山の郷里は五島の捕鯨の町だった▲いなせな男たちが息巻く土地柄だったか。元横綱の父親は船大工。良い仕事のためなら一人で徹夜した。息子も砂利道を自転車で山越えして高校に通い、バスには一度も乗らなかった逸話を残す。小学校の副読本に載る努力の人である▲そんな人にも「核実験に〝物言い〟」の新聞見出しが付いたことがある。協会理事長として大相撲パリ公演を率いていて、時のシラク大統領に「誠に遺憾」と物申した▲真意は知る由もないが、焦土の長崎がよぎったのだろうか。私たちは抗議集団ではない―と念を押し、かの国でそれ以上、物議を醸すことはなかったようだ。筋を通すそんな人柄が、角界に改革の新風を送ろうとした後半生から分かる▲賜杯を6回授かり「柏鵬(柏戸と大鵬)」に割って入る気迫の力士だった。引退後の仕事のためには、引き際が大切だと優勝の翌場所に腹を決めた。郷里でも捕鯨の先人たちとともに、長く語り継がれよう。

(2017年5月3日朝刊掲載)

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