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社説・コラム

天風録 「悲しみのソファ」

 新聞社の支局のソファといえばよき相棒だ。紙面を広げ、議論をし、疲れて昼寝もする。同僚や客人と小鍋をつつく「伝統」もあろう。彼ら記者3人も、すき焼き鍋を囲んで一息入れていた。突然、銃口を向けられるなど想像もできまい▲おととい朝日新聞阪神支局の襲撃事件資料室を訪ねた。ソファは30年前のあの日の物だが、捜査のため皮革の一部が切り取られているのが常とは違う。何より、凶弾に倒れた小尻知博記者がくつろぐことは二度とない▲吾子(あこ)の座のソファー白線梅雨じめり(小尻みよ子)。短冊につづられ、その座にある。母にしてみれば、なぜ、なぜ、という思いしかなかっただろう▲後ろに野呂山、前は蒲刈の島々。墓前でみよ子さんは息子に声を掛けては「ごめんね」と結んでいたという。父信克(のぶかつ)さんが追悼集に寄せている。父は「知博にかわって私も叫びたい」と記す。それは「ちきしょう」という息子のいまわの言葉である▲阪神支局を辞去する頃、表では拡声器で何やら叫ぶ声を聞く。言論の自由は認めたいところだが、きょうは前途ある若者の死を、静かに悼む日ではなかったか。ちきしょう、と憤りを今も鎮めることができないでいる。

(2017年5月5日朝刊掲載)

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