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社説・コラム

天風録 「銀幕からの遺言」

 大やけどを負い、服はぼろぼろ、髪もちりちりの人々が原子野をさまよう。女学校の教師は傷ついた生徒たちの肩を抱えて川に逃れ、力尽きる。1953年公開の映画「ひろしま」は今なお胸をえぐる▲教師役を演じたのは、きのう訃報が届いた月丘夢路さんである。松竹のスターでありながらギャラなしの出演だった。所属会社以外の作品に出られないルールがあったが、広島出身の月丘さんは会社の上層部に直談判した。「何かの力になりたい」▲広島ロケは延べ約8万9千人の市民がエキストラで参加した。GHQの占領統治が前年終わり、銀幕も自由を取り戻そうとしていた。市民らも迫真の演技で、胸に秘めてきた原爆への怒りや悲しみをぶつけた▲泥と炭を混ぜて顔に塗った月丘さんも同じ思いだったのだろう。爆心地近くの薬局に生まれた。劇中でモデルとされた女学校は自ら通い、多くの友人らが命を落とした。「そのさまは映画で再現致しました」。本紙に3年前寄せた手紙に記している▲月丘さんはこう続けた。「いつまでも戦争を嫌がる心を私を含めて皆さんも持ち続けてほしいことを切に願いました」。被爆72年、あらためて胸に刻みたい遺言だ。

(2017年5月9日朝刊掲載)

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