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社説・コラム

天風録 「私もヒバクシャ」

 「一九四五年八月六日は書けても、その以後が書けない」。86歳の森下弘さんが広島で被爆して約30年後に刊行した詩集につづっている。肉体的苦痛に加え、「不安の影」を引きずり続ける胸の内を率直に明かす▲森下さんは64年に世界平和巡礼に参加し、体験を語ることに希望を見いだした。核兵器保有国を巡り、原爆が人間にもたらす痛みを訴えた。その背中を押したのが、巡礼を提唱した故バーバラ・レイノルズさんだった▲私もヒバクシャです―。原爆投下国から広島に来たバーバラさんがよく語っていた言葉である。先日まとまった核兵器禁止条約の草案を見て思い出した。前文には「核兵器使用の犠牲となった人々(Hibakusha)の苦しみに留意する」とある▲条約交渉の先行きは見通せない。核保有国が参加を拒み、被爆国日本もなぜか歩調を合わせる。そのため実効性を疑問視する声も聞かれる。でもそれは、核兵器をパワーゲームの道具としてしか見ていないからだろう▲森下さんは「核兵器が人間を苦しめ続ける凶器だという事実を広めたい」と交渉を見守る。国家のエゴが阻もうとも非人道性を伝え続けることで道が切り開ければいい。

(2017年5月25日朝刊掲載)

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