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社説・コラム

国民保護計画 広島市の核被害想定から10年 当時の専門部会長 葉佐井さんに聞く

 「核兵器攻撃による被害を避けるためには唯一、核兵器の廃絶しかない」。弾道ミサイル発射など「有事」の発生に備えた「国民保護計画」を巡る議論で、広島市が国の意図と一線を画す想定を打ち出したのが2007年のことだ。それから10年。当時、専門部会の部会長として市の計画の「核兵器攻撃」に関する部分をとりまとめた被爆者で、広島大名誉教授の葉佐井博巳さん(86)=原子核物理学=に想定の意味をあらためて聞き、今こそ被爆地から発信すべきことを考えた。(桑島美帆、山本祐司)

核攻撃の回避は廃絶が唯一の道

  ―広島市の置いた専門部会の狙いは何だったのでしょうか。
 被爆地は、核兵器廃絶を追求している。それなのに核攻撃は起こるという前提で国民保護計画を作れば、核兵器を認めることになる。そもそも核攻撃から逃げるすべはなく、使われてはならないのだ、と発信が必要だった。

 専門部会では主に、空中と地上で核爆発した場合の被害を試算。広島型原爆の60倍の威力がある水爆(1メガトン)が市上空で爆発すれば死傷者は83万人に上る、などと結論付けた。核兵器が爆発すれば火の玉ができ、超高温になる。放射線が一気に放出される。全ては3秒のうちに起きる。使われたら終わりだ。

  ―内閣官房のホームページでは国民保護の一般向け情報として、上着を頭からかぶって逃げ、窓に目張りをして放射線被害を防ぐとしています。国との認識のずれは変わっていません。
 ばかげている。政府は人々が一瞬のうちに黒焦げになって死んでいくことに一切触れない。核攻撃は簡単に防御と避難ができる、と国民に誤解を与える。対処可能というなら、核兵器を保有する側にとって使用の敷居が下がる危険もある。

北朝鮮ミサイル 対話に力注いで

  ―北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、来月には広島県も「弾道ミサイル着弾の恐れ」というシナリオでの訓練を福山市で予定しています。危機意識は全国で高まっています。
 政府は「国民の生命と財産を守るため万全な対策を取る」と言うが、特に弾道ミサイルが核弾頭の搭載と合わされば、守れるわけがない。対話と外交努力にあらゆるエネルギーを注ぐしかない。

 現在の北朝鮮がおかしいのは確かだ。圧力の加減次第では捨て身で攻撃してくるかもしれない。しかし戦争中の日本もそうだったではないか。日本は、米国の核兵器による威嚇である「核の傘」を脱し、米国を含むすべての核保有国と北朝鮮に「核兵器を使ってはいけない」と等しく訴え続けるべきだ。

  ―核物理学者、そして被爆者としての体験も、自身の実態認識と関係していますか。
 原爆投下の翌日、学徒動員先から白島西中町(現広島市中区)にあった自宅に戻った。街全体が焼け落ち、無数の死体があった。核兵器はエネルギーが大きすぎて軍事施設のピンポイント攻撃は不可能だ、と身にしみて分かる。都市に落とせば必ず一般市民を巻き込む。だからこそ核兵器から身を守るには廃絶しかない。被爆地の歴史を直視し、廃絶のために何をすべきか、活発な議論が必要だ。

避難方法 国の認識とずれ

 弾道ミサイル攻撃やゲリラ攻撃といった「武力攻撃事態」などの際、国民の生命、財産を守ることを法律として、2004年に国民保護法が成立した。これに基づき政府が05年に示した「基本指針」に沿い、自治体が住民避難や救援方法、訓練の実施などについてそれぞれ策定したのが「国民保護計画」だ。

 この基本指針は弾道ミサイルがNBC(核、生物、化学)兵器の搭載を伴うことも想定し、「核」の場合には被害規模の確定や除染が必要だとする。所管する内閣官房は一般向けに、ハンカチで口を押さえるなどの避難策も提示する。

 これに対し、「国は核被害の甚大さを理解していない」と反発したのが広島、長崎両市や被爆者たちだった。広島市は専門部会を独自に設置し、核兵器攻撃で考えられる被害の規模を計算。07年の報告書で「核兵器廃絶しか解決策はない」と断じ、08年に策定した市の計画にも反映させた。

 トランプ政権が対北朝鮮で強硬姿勢を強めた4月、「ミサイルが飛んできたらどうすればいいか」などの問い合わせが市に相次いだ。国の方針通りに「頑丈な建物や地下に逃げて」と説明し、広報紙でも周知を図っているという。

 同時に、市危機管理課の稲田照彰課長は「核兵器を伴う危機となれば、被害を防ぐには廃絶しかない」とし、当時の方針は変更していないと強調する。

 06年に初めて核実験を行った北朝鮮は、弾道ミサイル開発と、ミサイル搭載可能な核弾頭の小型化を表裏一体で目指している。「脅威」の実感が10年前と違うことも確かだろう。

 ただ核の歴史を追う高橋博子・名古屋大研究員(48)は、日本政府の認識を米政府が自国民に諭した1950年代の「民間防衛」と重ね合わせる。対ソ連の核戦争を勝ち抜く意図から、危機の際は机の下などに隠れるよう促したものだ。

 「核攻撃を生き延びられると考える方が非現実的」と高橋さんは指摘。広島市の専門部会の精神と、核兵器禁止条約の実現を訴える被爆地の理念に立ち返るよう訴える。

(2017年5月29日朝刊掲載)

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