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旧呉海軍工廠入り口 「歴史の証人」門柱 撤去 

 広島県呉市の市街地から旧呉海軍工廠(こうしょう)へ通じていた四つの門のうち、唯一残っていた第4門(宮原12丁目)の門柱が撤去された。海上自衛隊呉地方総監部宿舎の解体に伴い、門があった宿舎敷地を更地にしたため。地元から「歴史の証人だったのに残念」という声も出ている。(小林可奈)

 市の説明では、門柱は高さ約2・4メートル。れんが造りで、表面をモルタルで塗り固めていた。呉市史によると海軍が設置。工員は門を通り、調査場で身体検査を受けた上で工廠に入っていたという。

 工廠と住宅地を隔てていた塀はほぼ取り払われ、本通1丁目から宮原12丁目までの南北方向にあった四つの門のうち第1~3門も撤去となった。第4門だけが残っていたが、2001年に片方の門柱も市道拡張工事で姿を消した。

 地元では、門柱は歴史学習の教材でもあった。子どもや保護者を案内していた元小学校長石井俊昭さん(77)=宮原=は「地域の歴史資料がまた一つなくなった」と残念がる。

 中国四国防衛局によると、築30年余りの海自宿舎の解体を決定。門柱は3月に撤去、解体工事は5月に完了した。新宿舎などの建設予定はなく、土地も財務省の管理に移る。土地の移管に際しては更地にするのが通例だ。

 同局は「海軍が建てたのだろうという認識はあった。しかし使用目的がなくなり、慣例に従い更地にした」と説明している。

(2012年8月20日朝刊掲載)

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