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社説・コラム

天風録 「かの地のドーム、無残」

 原爆ドームを背に、イタリア人男女がキスを交わす。ドームの前で、ひたすらモノクロの肖像を撮り続ける庄原出身の写真家、宮角(みやかく)孝雄さんの作品集のカバーだ。悲劇の地で不謹慎だろうか。いや、そんな印象は受けない▲宮角さんは「平和のことを思ってください」と声を掛け、瞑想(めいそう)して写ってもらう。恋仲だった彼と彼女は、そうして感極まって―。あのたたずまいでも原爆ドームは人と人を結びつける。それゆえの不戦の象徴だろう▲こちらのドームは銃撃や砲撃の中、わずかに形をとどめるのみ。イラクの古都モスルのヌーリ・モスクという12世紀の礼拝所が無残な姿をさらしている▲3年間「イスラム国」(IS)の砦(とりで)にされた後、対テロ部隊が奪い返し、ようやくメディアも報じた。この地でISの首領はカリフ(預言者の後継者)を自称したというが、人類の遺産である建造物を打ち壊す一党に、その資格はもちろんあるまい▲古都ではまだ、ISが住民を「人間の盾」に蟠踞(ばんきょ)する。解放された人たちも、暴虐な仕打ちの記憶に苦しむ。いつの日か、この地のドームも負の歴史を忘れぬための象徴になるのだろうか。まだ、その図はとても頭に浮かばないが。

(2017年7月5日朝刊掲載)

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