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社説・コラム

放影研 被爆者へ「反省」 ウーリック副理事長に聞く

米側トップとしても遺憾 研究の倫理問われる

 日米両政府が共同運営する放射線影響研究所(広島市南区)が6月に開催した設立70周年記念式典で、丹羽太貫理事長の発言が注目を集めた。前身の米原爆傷害調査委員会(ABCC)が被爆者の治療より調査を優先させた過去を巡り「重く受け止め、心苦しく残念に思っている」と、被爆者への反省の意と謝意を表明したのだ。米国側のトップであるロバート・ウーリック副理事長はどう考えているのか。(金崎由美、桑島美帆)

  ―先月の式典のあいさつでは理事長に続いて、英語でこう述べましたね。「副理事長、そして唯一の米国人理事として過去の良い面と悪い面の両方を特に認識している。ABCCの初期における過去の過ち(mistakes)を遺憾に(regret)思う」と。
 4年前に主席研究員として赴任するまで、放影研について知っていたのは研究内容や業績など「科学」の側面だけ。「歴史」の知識は全然なかった。広島で被爆者や被爆2世と会い、被爆体験記や放影研の歴史に関する本を読む中で多くのことを知った。

 設立間もない時期の被爆者調査には人間性や人道性が欠けており、検査時に耐えがたい扱いを受けた被爆者もいた。組織自体も米国本位だった。私の立場で謝罪(apologize)は難しいが、自分自身の率直な思いは述べたかった。

  ―米国の関係者が反省の弁を述べたことは過去にありましたか。内容の事前擦り合わせはしましたか。
 恐らく初めてだ。時遅しと言われるかもしれないが、被爆者が高齢化した今、被爆者が列席する特別な公式の場で言い表すべきだと考えた。直前まで休暇中だったので、だれにも相談せずにあいさつ文を書いた。

  ―放影研を所管する米エネルギー省をはじめ、米国側も多くの関係者が出席していました。批判的な反応はなかったのですか。
 ごく一部から「被爆者に対するひどい扱いなどなかったのに」と批判されたが、総じて「ナイストークだった」と前向きな評価をいただいた。

  ―ABCCに対する不信感は、検診時に受けた身体的、精神的な屈辱にとどまらないのでは。
 米国での研究経験や反省から、私自身も思うことがある。研究者は科学的な発見を追求する。だが、研究予算を握る行政側には違った動機があることも少なくない。人間が「研究対象として価値のある集団」として扱われがちになる。かつての被爆者調査にも言えるのではないか。科学者に問われているのは、人間的な心と倫理観、自らの研究が与えうる影響に対する自覚ではないか。

  ―被爆者データが間接的に軍事利用された、という厳しい批判もあります。
 私には分からないが、そう言われても驚かない。かつて米国では放射能の影響を調べる人体実験が行われ、全米を揺るがす問題となったぐらいだから。もちろん、そのような研究は過去の話だ。

  ―広島へ赴任して以来、自身の中で変化は。
 放射線研究者としてだけでなく、一個人として広島と関わるようになった。原爆の日に広島と長崎で慰霊行事に出席し、犠牲者を思うと心を大きくかき乱された。この地で暮らす中で、広島との距離が縮まっている気がしている。核兵器の被害は繰り返されてはならない。放射線がもたらす影響を明らかにする研究は、そのような兵器をなくしていこうと願う推進力にもなっていると思う。

 1947年、米アイオワ州生まれ。オークリッジ国立研究所放射線発がん部部長、テキサス大医学部がん生物学センター長などを歴任。2005年、米国放射線影響学会会長。13年、放影研主席研究員、15年副理事長。専門は放射線腫瘍学。

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かつて「治療はせず」 軍事利用 批判くすぶる

 原爆傷害調査委員会(ABCC)は米占領下の1947年、米軍の原爆被害調査を受け継ぐ形で設立された。75年に日米共同運営の現体制に改組。現在、被爆者12万人の死因と被爆線量の関係を追跡調査する「寿命調査」や、2年ごとに健診を行う「成人健康調査」などを研究の柱とする。

 「米軍のジープで連れて行かれ、裸で検査された」「調査すれども治療はせず」。ABCC時代への被爆者の不信感はなお根強い。放影研は95年作成のパンフレットで「ABCCの後を継ぐ私たちとしては申し訳なく思う」と記し、記念式典の丹羽太貫理事長らの発言もそれに沿う。

 ただ調査で得られたデータの利用を巡る批判もくすぶる。ABCCが集めた大量の解剖標本は67年に日本へ返還されるまで米ワシントンの米軍病理学研究所で管理された。40~50年代の米公文書から、被爆者調査が核戦争を想定した防護研究に役立てられたことも明らかになっている。

 さまざまな「影」の歴史も経た現在、放影研の科学的な知見は、医療施設や原子力施設で適用される放射線防護基準などに活用されている。世界で類を見ない研究成果であることも確かだが、「放射性物質を体内に取り込んだ場合の影響を十分に考慮していない」という批判もある。

(2017年7月10日朝刊掲載)

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