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[インサイド] 平和と観光 どう両立 広島市の政策「ピースツーリズム」 

 広島市が、「平和都市」の観光政策の在り方を考え始めた。国内外からの観光客は年々増加し、昨年5月のオバマ前米大統領の訪問などでさらに加速。市の観光部局が主導する平和関連の事業も増える一方、「被爆地としてふさわしくない」と批判を受ける取り組みもある。原爆死没者を追悼し核兵器廃絶を願う地でにぎわいや観光振興をどう両立させるのか。「ピースツーリズム」と銘打ち、知恵を絞る。(渡辺裕明)

 6月中旬、ある懇談会の初会合が市役所であった。委員に名を連ねたのは広島県被団協(坪井直理事長)や平和、旅行団体などの代表者、市の平和と観光部署の部長たち9人。市経済観光局の久保下雅史局長は「観光客に核兵器廃絶、世界恒久平和といった平和への思いを共有していただきたいのが市の願い。観光施策を預かる部署も、しっかりとした施策をとっていきたい」と力を込めた。

 「迎える平和」を掲げる市は本年度、外国人観光客が平和をテーマに観光周遊するルート作りに着手した。戦争や災害などの跡地を訪ね、過去から教訓を学ぶ観光は「ダークツーリズム」と呼ばれるが、市は平和を意味する英単語を使い、「ピースツーリズム」という造語を考案。この一連の施策に、被爆者たちの意見を反映させる狙いで懇談会を設けた。

不適切と批判

 座長を務める、被爆者で元原爆資料館長の原田浩さん(77)=安佐南区=は「今までにない連携だ。平和を発信して多くの方が訪れる。温かく迎え入れ『広島に来てよかった』となれば広島の街の活性化につながる」と歓迎する。その上で「ああいうこともあったので、今回の会合につながったのでは」と推察する。

 それは昨年12月~今年2月にあった原爆ドーム周辺のイルミネーション。世界遺産登録20年を記念した観光キャンペーンの一環で試みたが、「慰霊の場にふさわしくない」と被爆者たちが批判した。

 この期間中、来訪者を対象に市が実施したアンケートでは、7割強が「問題ない」と答えたが、市観光政策部は「丁寧な説明が必要だった。いろいろな方の意見を聞きながら企画、実施するのが大事」と省みる。平和都市にふさわしい観光振興策を考える方針だ。

 「負の遺産」の観光に詳しい追手門学院大の井出明教授(観光学)は「日本は光の部分しか観光としてこなかった」と指摘する。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所など、世界各地の負の遺産は、人を引きつける観光資源として活用が図られているという。

 その上で、観光客の滞在時間を延ばすには夜の仕掛けが必要と強調。「夜に被爆者と平和記念公園などを一緒に歩くツアーを企画してはどうか。被爆当時の夜の様子や不安感はどうだったのか。臨場感のある話を聞けば新たな気付きや学びがあるはず」と提案する。

1261万人訪れる

 2016年に市を訪れた観光客は1261万1千人で、うち外国人は117万6千人。いずれも過去最多を更新した。一方で6割近くが日帰りしている。市は「平和への思いを共有」するには、市内を巡って滞在時間を延ばす施策を考える必要があると判断した。経済効果への期待もある。

 「具体的に施策を進めるに当たっては、市民や被爆者団体の意見を聞いていきたい」と久保下局長。まずは、平和をテーマにした外国人向けの周遊ルートを作り、情報発信を強めていきたい考えだ。

広島市の観光客
 2016年は1261万1千人で6年連続で過去最多を更新。外国人観光客は117万6千人で5年連続して過去最多を塗り替えた。市はオバマ前米大統領の広島訪問や、世界最大の旅行口コミサイトで原爆資料館と原爆ドームが高評価を得ているのが要因とみる。観光客に占める宿泊客の割合は43%で滞在型の観光が課題となっている。

(2017年7月16日朝刊掲載)

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