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社説・コラム

緑地帯 ダルウィーシュが見つめた広島 小泉純一 <4>

 ダルウィーシュの翻訳詩集で現在入手できるのは、四方田犬彦訳「壁に描く」だけだ。彼の初期作の翻訳を入手するのは、ネットで読めるものを除くと難しい。

 もともとアラビア語で書かれていることもその一因であり、英語に翻訳されているものの方が入手しやすい。彼の詩集の多くは英語に翻訳され出版されている。

 彼が1974年に来日した頃、アジア・アフリカ作家会議のメンバーだった野間宏が、池田修訳の「パレスチナの恋人」という詩を紹介している。「君のまなざしは 心のトゲとなって 私を苦しめる」。ここで呼び掛けられる「君」とはパレスチナの大地のことであり、恋愛詩を装いつつ、祖国の復活を願っている。

 その後、日本語への翻訳で彼の代表作となったのは土井大助が訳した「身分証明書」。イスラエルの石切り場で出稼ぎをしているパレスチナ人の男が、イスラエル当局の尋問に答える設定だ。

 「書きとめてくれ、/おれは アラブ人、/身分証明書番号は」と始まる詩は、自らの生まれや家族、働くことへの誇りをうたい、こう終わる。

 「おれは 民衆を憎まない。/おれは だれからも盗まない。/けれどもだ、/もしも おれが怒ったなら/おれは わが略奪者の肉を食ってやる。/気をつけろ、おれの空きっ腹に、/気をつけろ、おれのむかっ腹に。」

 発表当時の65年、彼自身による朗読を聞いたパレスチナ人たちは自分たちの気持ちを代弁するこの詩に喝采の声を上げ、瞬く間にアラブ世界に広まったという。(日本福祉大教授=愛知県)

(2017年7月22日朝刊掲載)

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