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社説・コラム

緑地帯 ダルウィーシュが見つめた広島 小泉純一 <7>

 パレスチナ自治政府の政府機関が集中するラーマッラー(ヨルダン川西岸地区にある実質的な首都)には、ダルウィーシュの死後、彼の記念館が建設された。墓碑やホールがあり、彼の原稿が展示され、パレスチナの草木も植えられているという。

 ガザ地区と比べれば一見平穏に見えるこの都市で、定期的に詩の朗読会やコンサートなどが開かれ、文化センターとしても機能している。彼の葬儀は事実上の国葬であり、数日間、住民は喪に服したそうだ。彼のパレスチナへの愛と人間の尊厳に対する思いを感じるには最適な空間となっている。

 彼は政治に関係したが、プロパガンダのために作品を書かなかった。抑圧された側、不利益を強いられる側の視点で普遍的なテーマを描いているので、国境を越えて彼の作品のファンは多い。

 昨年3月、米サンフランシスコのバスや電車に、彼の詩が載った7種類のポスターが車内広告として使われた。そこには最後の詩集「巴旦杏(はたんきょう)の花群」から「他の人のことを考えよ」の一編も引かれていた。「朝ごはんの支度をするとき、他の人のことを考えよ(鳩(はと)の分も忘れるな)」で始まるこの詩は、寝る場所も語る権利も持たない人が世界に存在することを思い起こさせる。

 この詩の最後は「遠くにいる人を思うように、自分のことを思え(「自分は暗闇の中の灯火だ」と思え)」と締めくくられる。広島の人々もここに含まれるだろう。行き先を照らす光になろうとしたダルウィーシュの思いは、死後も引き継がれている。(日本福祉大教授=愛知県)

(2017年7月27日朝刊掲載)

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