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社説・コラム

天風録 『「原爆」を運んだ船』

 広い太平洋に何隻の船が眠っているのだろう。戦争で沈んだのは数千か数万か。それぞれ悲惨な最期だったに違いない。フィリピン沖深さ5500メートルの海底で見つかった米軍艦も悲劇の証人である▲巡洋艦インディアナポリスは72年前、ある兵器の部品を極秘に米本土からテニアン島へ運ぶ。やがて特殊爆弾を載せたB29が飛び立ち広島へ。一方、荷を降ろした艦は旧日本軍の潜水艦に攻撃されて海の藻くずとなる▲乗組員1200人のうち、助かったのは300人余り。脱出したものの漂流中、サメに襲われ命を落とした人が多かった。この話は映画「ジョーズ」にも出てくる。乗員の大半は、あの積み荷が何を引き起こすか知らないまま、海に消えた▲「許してほしい。何を運んだか、知らなかったんだ」。12年前、テニアン島での平和式典で、生き残った乗組員が被爆者に声を掛けたという。それでも原爆が戦争を終わらせたという認識は、米国民の間に今も根強い▲今回調査した資産家の言葉もまた悲しい。「乗組員の勇気や犠牲には、米国人として感謝してもし切れない」。水底の残骸が物語るのは、戦争に勝者も敗者もないことと、核兵器の愚かさであろうに。

(2017年8月22日朝刊掲載)

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