×

ニュース

大戦生き抜いた 書は時代の証し 阿武の八道さん 自作の4枚保管

 「いろんな時代をよう生きたと思う」。阿武町の八道(やじ)友代さん(82)は、第2次世界大戦期前後にしたためた書を大切に保管してきた。「かちどき」「民主之国建設」…。四つの書には、戦時下の異様さ、終戦直後の貧しさ、未来への希望といった、自分が生きた時代の証しとしての思い出が詰まっている。(折口慎一郎)

 八道さんは下関市出身。幼い頃に父を亡くすなどし、祖父母に育てられながら近所の習字教室に通った。23歳で会社の同僚と結婚する際、50枚ほどあった書の大半は処分した。しかしこの四つは手元に残し、約70年間大切に持っていた。

 「『戦争に勝つ』という意味の言葉ばかり書いていた」。8歳だった太平洋戦争中の1943年に手掛けたのが「かちどき」という書だ。自宅の対岸に見える門司港(北九州市)が空襲されて夜空が赤く照らされたこと、祖父の出身地である阿武町に疎開するときに何度も空襲警報が鳴ったことなど戦時の記憶がよみがえる。

 疎開先の同町で終戦を迎えた。学校で塩を作るため、海水を一升瓶に入れて登校。昼はナスやカボチャ作り。あぜ道の野草を取りながら下校した。夜は、次の日のための草履を編んだ。「とにかく物がなかった」。終戦直後の書は「晴耕雨読」。半紙の傷みがひどく、当時の紙質の悪さも感じさせる。

 「戦争が終わり、だんだんと心も物も豊かになった」。敗戦を告げる玉音放送から1、2年後。「民主之国建設」「崇高理念実現」としたためた2作品の言葉からは、「『お国のため』でなく、個人が夢や理想を追える時代になった」と感じたという。

 今は再び、終戦の玉音放送を聞いた家に住んでいる。「今の人は幸せですいね、平和だから。戦争しても不幸になるだけ」と繰り返す。「戦争は絶対せんように。あんな悲惨な思いを子どもや孫にはさせたくない」。穏やかな語り口に揺るぎない信念をにじませた。

(2017年8月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ