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社説・コラム

天風録 『抱影と帝都の大震災』

 <私は余震にふるえる門際に立って、永い間その火雲を眺めていた>と明治生まれの天文学者野尻抱影(ほうえい)が回想している。すると、その火雲から急に一団の星が吐き出されたように見えた▲「火雲」は帝都をなめ尽くした大正の大震災の大火を指す。「一団の星」は、おうし座の散開星団すばるである。あの災厄のさなかに夜空への観察眼を忘れない抱影は、冥王星の名付け親だけある。その夜のすばるは、美しくも不気味だったという▲その大震災が94年前に起きたおとといは防災の日。地震や豪雨の訓練ばかりではない。ミサイル飛来、さらには落下弾から有毒な燃料が漏れ出たという想定の訓練もあったことに驚く▲朝鮮戦争が勃発した1950年、国籍不明機が接近したとして北九州地方に警戒警報が出され、「灯火管制」が敷かれた。8行ほどの当時の米軍発表記事を読んだことがある。以来、そのような機影を恐れて過ごす日々は私たちには絶えてなかった▲抱影も昭和の空襲の折は、星どころではなかった。それだけに、あの火雲とすばるの印象は強かったのだろう。大震災に続く空からの災いは二度とごめんである。天文学者ならずとも、そう思っている。

(2017年9月3日朝刊掲載)

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