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社説・コラム

天風録 『クローン文化財』

 無表情のようで口元にかすかに浮かぶ笑み。間近で見ると古代ギリシャ美術に端を発するアルカイックスマイルの特徴がよく分かる。奈良・法隆寺の国宝、釈迦(しゃか)三尊像である。彩色豊かな金堂壁画も近くに並ぶ。崇高で神秘な空間にしばしわれを忘れた▲実は、東京芸術大が3次元データや写真を基に作ったクローン文化財、つまり複製だ。学内での企画展を訪れると、中国敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)をはじめ海外の「クローン」もあり、世界遺産を駆け足で旅したような気になった▲贋作(がんさく)ではないのか、悪用の恐れはないか―。そんな疑問も湧くが、劣化したり失われたりした文化財を後世に残すための試みという。保存と公開との折り合いに悩む施設も多い中、一つの解決策になるかもしれない▲会場には、旧タリバン政権に破壊されたアフガニスタンのバーミヤン遺跡の壁画も見事に再現されていた。内戦やテロで危機にさらされる人類の宝をどう守り伝えていくかも問うている▲手掛けるのは元学長の亡き平山郁夫画伯に師事した教授たちという。国外に流出したアフガンの文化財保護などに尽くした志は受け継がれている。画伯の口元も、かすかにほころんでいるだろうか。

(2017年10月28日朝刊掲載)

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