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社説・コラム

『今を読む』 フリージャーナリスト 末浪靖司

日米指揮権密約 自衛隊はどこへいくのか

 中国新聞は8月に「オスプレイ緊急着陸/危機感欠く米軍の姿勢」と題した社説を掲げ、垂直離着陸輸送機オスプレイは岩国基地にも飛来しているのであり、対岸の火事ではないと指摘した。

 岩国基地は今や極東最大の基地と化している。F35ステルス戦闘機や米空母艦載機をはじめ最新鋭兵器が次々に配備され、国内でも海外でも米軍と自衛隊の共同訓練はすさまじい。海上自衛隊による米海軍艦船の護衛も始まっているほか、中国地方でも自衛隊訓練空域で米軍機が低空飛行訓練を繰り返し、住民は騒音に悩まされている。

 災害発生時に国内の被災地に出動する自衛隊員には、共感が寄せられているはずである。にもかかわらず、自衛隊はなぜ米軍と共同訓練を繰り返し、海外に出てゆくのだろうか。理由は日米の秘密の取り決めにある。指揮権密約が結ばれているのだ。

 自国の軍隊の指揮権を外国の軍隊に委ねるのは、生殺与奪の権利を与えるようなもので、指揮権密約など信じられないという人も少なくないだろう。けれども、日米両政府の公文書にちゃんと書かれている事実である。まず日本側の文書をひもとく。

 指揮権密約は1952年の日米行政協定の交渉記録に記され、87年に外務省が公表した。東京・六本木の外交史料館に赴けば、誰でも閲覧できる。行政協定とは、米軍の事故や米軍人の犯罪が起きるたび問題になる、地位協定の前身にほかならない。

 行政協定交渉では米側代表のラスク国務次官補が緊急時には米軍司令官が「日本軍」を指揮すると提案した。日本側代表の岡崎勝男国務相は「(公に受け入れれば)与党(自由党)の終末に聞こえる」「警察予備隊の隊員の意志をくじくものである」などと述べたが、最終的に「議事録にも交換公文にも一切残さないことにする」と密約にすることで合意した。

 行政協定交渉で密約が結ばれる2年前には、マッカーサー連合国軍総司令官が日本政府に指令して警察予備隊を発足させていた。これはその後、保安隊と名称を変え、現在の自衛隊に至る。

 米側ではメリーランド州の国立公文書館に、この指揮権密約を記録した文書が大量に保管されている。そのうち機密解除されたものを、私は現地で調査してきた。

 ラスク氏が「米軍が日本に駐留するのも『日本軍』を指揮するのも米軍の安全のためだ」と岡崎氏に言明した文面もある。「日本を守るため」ではないことは明白だ。ではなぜ、米軍は「日本軍」を指揮するのだろうか。

 敗戦から5年後の50年のことだが、ブラッドレー米統合参謀本部議長は「世界戦争で米国が日本の戦力を活用できることが重要だ」と国防長官に極秘覚書を送っていたのである。米国が世界で起こす戦争に日本の戦力を使うのだ。これは半世紀以上たった今も変わらない構図であり、米国は指揮権密約の実行とそのための自衛隊の海外派兵を繰り返し要求してきた。

 日米安保条約は60年に改定され、指揮権密約は同条約4条に定める「随時協議」の背後に隠された。指揮権密約を実行する機関として日米安保協議委員会が設置され、米軍が自衛隊を指揮して戦うための仕組みを定めた日米ガイドライン(日米防衛協力の指針)が作成されてきた。

 安保条約5条には自衛隊が米軍と共同作戦を行う義務も定められている。2015年のガイドラインには日米が「アジア太平洋を越える地域で協力する」と書かれている。自衛隊は地球規模で米軍の指揮下で戦うことになる。米軍のために自衛隊を戦わせる法律はもうできている。一昨年の国会で成立した安全保障関連法だ。ガイドラインを日本の法律にしたわけだ。

 安倍晋三首相が憲法9条に自衛隊を書き込もうとしているのは、米軍の指揮により自衛隊が海外で戦えるようにするためだということがよく分かる。私たち日本人がこれからの激動の時代に立ち向かうには指揮権密約という闇を知らなければならない。

 39年京都市生まれ。日米外交と安保条約の問題を長年追う。14年日本民主法律家協会の「法と民主主義賞」受賞。近著に「『日米指揮権密約』の研究」(創元社)がある。東京都練馬区在住。

(2017年11月28日朝刊掲載)

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