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社説・コラム

社説 原爆症訴訟と新認定基準 科学の限界認め救済を

 原爆症の「積極認定」をうたった、あの新基準は何だったのか―。先日、広島地裁で全面敗訴を言い渡された、原告の被爆者たちの偽らざる思いだろう。

 心筋梗塞や甲状腺機能低下症を患ったのは放射線が原因だと訴える被爆者に対し、広島地裁は「加齢や生活習慣で発症した疑いが残る」「下痢や発熱などの急性症状は認められない」と結論付けた。被告側の国の主張を大筋で認めた判決である。

 各地の同種訴訟で原告勝訴が目立つ中、今回認定を求めた広島、福山市などの被爆者12人は再び悲嘆に暮れたことになる。この訴訟自体、2013年に認定基準が見直されたのに国が申請を却下したのは不当だとして、処分の取り消しなどを求めてきたからだ。

 判決を感情論で否定してはならない。それでも疑問は残る。救済が狙いの新基準が十分に考慮されたのかどうかである。

 爆心地からの距離要件を緩和したり、病気との因果関係を意味する「放射性起因性」を基準から外したりしたのは、「切り捨て」と批判されてきた原爆症認定の大転換といえる。これを勝ち取るまで、全国の被爆者は幾度も陳情を重ね、厳しい法廷闘争を繰り広げてきた。その歴史的な重みを国、司法ともくみ取ってもらいたい。

 敗訴後、原告側弁護団が指摘した判決根拠の疑問点にも目を向けねばなるまい。「4グレイ」という数値のことだ。甲状腺機能低下症を発症する線引きに地裁は、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準を用いた。この判断は初めて示されたものだと原告側は批判する。控訴方針を示したのも、無理はなかろう。

 もちろん認定には一定の線引きやルールは要る。原爆症と認定され、治療が必要な場合は月約14万円の特別手当が支給される。今回の原告12人のうち10人は爆心地からの距離基準を満たしていないことが指摘される。

 それでも放射線による人体被害は未解明な点が多く、個々人で影響の出方も違うことを忘れてはならない。内部被曝(ひばく)も無視できない。科学に限界があることを国、司法とも認め、被爆者救済に生かしてもらいたい。

 そこで思い起こすのは国が認定基準の段階的緩和を始めた翌09年、時の麻生太郎首相が日本被団協と取り交わした確認書の一文である。「今後、訴訟の場で争う必要のないよう解決を図る」。これが被爆者と向き合う際の、本来あるべき姿だろう。

 その点において新基準の本質を言い当てているのは、被爆者に全面勝訴を言い渡した昨年6月の東京地裁判決ではないか。

 放射線の影響は十分に解明されていないとした上で「放射線起因性の基準はいわば一般的な目安」と指摘。「各数値を形式的に充足しないからといって、直ちに起因性が認められないことにはならない」としている。

 原爆に健康な体を奪われ、放射線の影響を心配し続ける日々がどれだけ苦しいか。難しい科学データを突き付けられ、どうして納得できよう。被爆者に限らず福島第1原発事故の被害者も同じ思いだろう。被曝の事実がある以上、科学的判断を下すには「グレーゾーン」を頭に入れねばならない。決して白とは言い切れない。老いを深める被爆者に時間はあまりない。救済の手にぬくもりを求めたい。

(2017年12月3日朝刊掲載)

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