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核兵器の終わりの始まりに 被爆者サーローさん演説 ICAN平和賞授賞式

 核兵器禁止条約の制定に貢献した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))へのノーベル平和賞授賞式が10日、ノルウェー・オスロ市庁舎で開かれた。広島市南区出身の被爆者で、被爆体験の証言を通じてICANの活動を支えてきたサーロー節子さん(85)=カナダ・トロント市=が演説。核兵器は「必要悪ではなく絶対悪」と強調し、禁止条約を「核兵器の終わりの始まりにしよう」と訴えた。(オスロ発 水川恭輔)

 被爆者が授賞式で演説するのは初めて。サーローさんは13歳の時に遭った広島の惨禍について「住民のほとんどは非戦闘員だった。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました」などと、非人道的な核被害を証言した。さらに、広島・長崎への原爆投下を「『戦争犯罪』とみなすのをなお拒絶する人たちもいた」などと述べ、こうした事態が核軍拡競争をもたらしたとの認識を示した。

 一方、7月の国連での禁止条約採択を「人類の最良の側面を目撃した」と歓迎。「責任ある指導者であれば必ずやこの条約に署名するに違いない」と述べ、核保有国、「核の傘」の下にある国を含む全ての国の首脳に条約加盟を求めた。

 演説に先立ち、ICANのベアトリス・フィン事務局長とサーローさんがメダルと賞状を受け取った。フィン事務局長は演説で「核兵器は私たちを安全にしない」と、核抑止力に頼る安全保障政策を批判。全ての国に「私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい」と述べ、各国の市民に政府に条約署名を求める活動を呼び掛けた。

 ノーベル賞委員会のレイスアンデルセン委員長は授賞理由の説明でICANが廃絶への新たな機運を生んだと評価した。ただ、条約に反対する核保有五大国の大使は授賞式の事実上のボイコットを表明。核軍縮策を巡る国際社会の溝があらためて浮き彫りになった。

 授賞式には日本からICANの川崎哲(あきら)国際運営委員(49)が出席。日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員(85)と藤森俊希事務局次長(73)、広島市の松井一実、長崎市の田上富久両市長も招かれた。賞金は900万スウェーデンクローナ(約1億2千万円)。ICANは禁止条約の早期発効を目指す活動に充てるという。

核兵器禁止条約
 核兵器の開発や保有、使用、使用するという威嚇などを全面禁止する条約。前文で「被爆者」の受け入れ難い苦しみに留意すると明記した。条約制定交渉には120カ国以上が参加。7月の国連の会議で賛成122で採択された。米国やロシアなどの核保有国、日本は不参加だった。50カ国が批准の手続きを終えた後、90日後に発効する。これまでに56カ国・地域が署名した。

【解説】ヒロシマの願い発信

 被爆者サーロー節子さんによる受賞演説は、原爆投下がもたらした惨状と被爆地の思想を世界に発信し、共感を広げた。ICANのノーベル平和賞受賞に距離を置く核保有国をどう巻き込むか。被爆者が願う核兵器廃絶へ近づくための力にしたい。

 「私の愛する都市は1発の爆弾によって消滅した」。老いる心身をすり減らしながら、幾度となく紡いできたあの日を語る言葉。「愚行をこれ以上繰り返してはならない」との信念に貫かれた被爆地の思想を堂々と訴えた。

 一方、米国による原爆投下を正当化する考えが、核軍拡競争を引き起こしたと批判。「核武装国」に加え「核の傘」の下にいる「共犯者」たちに対し「人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっている」と言い切った。米国だけでなく日本政府の姿勢にも向けられている。

 北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させ、安全保障環境は厳しさを増す。核兵器禁止条約に猛反発する核保有国は「条約は安保上の脅威を無視するものだ」と反論を弱めようとはしない。

 そんな情勢下で、非保有国の有志と市民社会が協力して核を明確に違法化した国際的な運動にノーベル平和賞が贈られた意義は大きい。積み重ねてきた被爆者の努力と今回の受賞を糧に国際社会で賛同を広げ、ヒロシマの願いをかなえていくための行動が問われている。(岡田浩平)

識者談話

広島女学院大元教授 宇吹暁さん(71)=戦後史・被爆史

被爆者 国際的な影響力

 ノーベル賞委員会のレイスアンデルセン委員長が授賞式で、広島、長崎の原爆の被害、被爆者の思いに言及したことに驚いた。被爆者が国際的な影響力を持つことがはっきりした。

 サーロー節子さんが会場でスピーチできたことと合わせると、委員会は事実上「被爆者の訴えが、核兵器禁止条約の制定に結び付いた」と認めた。原爆被害の非人道性が国際的に認知される歴史的な過程の中で、画期的な出来事となった。

 サーローさんの演説は、広島市民の底流にある「核兵器は絶対悪」の考えを支持しつつ、核保有国や「核抑止力」の考え方を明確に批判した。国を背負わず、考えをストレートに述べた内容は、聞く人に伝わりやすかったのではないか。

 広島市や市民も刺激を受けたはずだ。これまでは日本政府や米国に配慮し、核兵器廃絶を唱えつつ、長崎と比べて主張を抑え気味にしている面がある。広島市の来夏の平和宣言などに影響があるか、注目したい。

 今回の授賞には、非人道的な問題と向き合う若者を応援する意図も感じた。核兵器廃絶を願いつつ、関わりを持てずにいる若者が、それぞれの立場で一歩を踏み出す契機にしてほしい。

広島修道大法学部教授 船津靖さん(61)=国際報道、米・中東外交

授賞式での証言に意義

 サーロー節子さんが核戦争の体験者として語る言葉は、具体的で訴求力があった。世界の多くの人々は、きのこ雲の写真でしか原爆を知らない。雲の下で起こったむごたらしい出来事を、72年たった今も証言している被爆者がいる。そこに歴史的価値があり、著しい印象を残したはずだ。

 一方で、ICANのフィン事務局長のスピーチは抽象的で、自らの正義を強調する言葉が目立った。立場の異なる国や人への厳しい批判や命令が多く、対話の雰囲気に乏しかった。

 ICANが採択に貢献した核兵器禁止条約は、核保有国が加わらない限り実効性がない。米欧諸国は核拡散防止条約(NPT)体制の下で段階的な核軍縮を進める考えを変えていない。ノーベル賞委員会も、ICANが起こした「新たな機運」を評価しつつ、NPTが今後も主要な枠組みとの考えを示している。

 そんな中、被爆者の証言が果たす役割は大きい。核兵器が絶対悪か必要悪かの立場を超え、人々の想像力を刺激するからだ。今回の受賞は被爆者の声を世界に届けたことに最大の意味があり、今後はより多くの証言を多言語で発信する体制づくりが求められる。

(2017年12月12日朝刊掲載)

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