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社説・コラム

天風録 『早坂暁さん』

 これほど破壊されているとは思ってもみなかった。まるで掃除したようだ―。当時16歳の少年は原爆投下の半月ほど後に立ち寄った広島で見た様子を記している。その時、赤ん坊の泣き声を聞いて救われたように感じたともいう▲防府市にあった海軍兵学校の分校から郷里の松山に帰る途中での出来事だった。脚本家早坂暁さんの訃報が届いた。忘れがたい原子砂漠の光景が、代表作となったテレビドラマ「夢千代日記」に生かされたに違いない▲吉永小百合さんが演じた主人公は、母のおなかで閃光(せんこう)を浴びた広島の胎内被爆者だった。山陰海岸の温泉街で病と闘いながら真っすぐ生きる姿が共感を呼んだ▲犯罪者や偽医者など、癖のある周囲をも包み込むような優しさを見せる。自ら痛みを知っているからだろう。悲哀を描けたのは、遍路道沿いの商家に生まれ、お遍路さんを通して人間の機微を見る目が養われたから、といった自己分析もうなずける▲「てんでしのぎの私たちですが、道連れがいます」。山陰の冬のつらさを強調して、明るい先行きは描かれない「夢千代日記」。だが、1作目の終幕には、日々を生きる人々への早坂さんの温かいメッセージを感じる。

(2017年12月20日朝刊掲載)

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