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社説・コラム

『言』 平和の伝わり方 当事者として考え続けよう

◆asobot代表 伊藤剛さん

 「戦争」と「平和」のどちらを望むかと問われたら、ほとんどの人は「平和」と答えるはずだ。なのにどうして世界に「平和」は広がらないのだろうか。企業や行政のコミュニケーション戦略を手掛ける会社asobot代表の伊藤剛さん(42)は、東京外国語大大学院でコミュニケーションの観点から平和学を教えている。「戦争」をなくすため私たちに何ができるのか聞いた。(論説委員・森田裕美、写真・浜岡学)

  ―なぜコミュニケーションから平和を考えるのですか。
 「伝える」と「伝わる」は、たった1字違いですが、大きな隔たりがあります。発信しているのに伝わっていない。そんな溝を埋めるのがデザインコンサルティングと呼ばれる私の本業です。その伝わらない代表格が「平和」だと感じるからです。

 一方で戦争の歴史を見ると、湾岸戦争がそうだったように、広告・PR業界のコミュニケーション戦略がプロパガンダとして権力者に活用され、世論を誘導してきました。

  ―「戦争」と比べ、「平和」は伝わりにくいのですか。
 「平和」のイメージはぼんやりしています。紛争のない風景を思い浮かべる人もいれば誰かの笑顔を想像する人もいるでしょう。その人が置かれた状況によっても平和観はさまざまで共通イメージを示すのが難しい。だから伝わりにくいのです。

  ―大学院の平和構築・紛争予防コースの学生は、イラクやシリアなど紛争国からの留学生ですね。どんな授業をしますか。
 世論形成に関わるメディア戦略、大衆心理などを教えます。実際に新聞を作らせたりもします。学生は複数のニュースから限られた紙面に収まるよう価値判断し、選択する。コミュニケーションの基本である「伝えたい相手の視点に立つ」ことを大切にしながら伝える側の意図も実感するのです。権力者側の視点から「戦争シナリオ」を作るワークショップもします。

  ―戦争を起こす側に立つのは抵抗がありそうですね。
 平和を学びに来たのにと、学生の間でも物議を醸します。でも医療分野での予防や防災を見てください。病気や災害が起きることを前提に対策が考えられていますよね。同様に戦争も起きる前提で予防策を考える必要があるのではないでしょうか。そのためには戦争を起こす側の考えを知り、彼らの筋書きを理解せねばなりません。

  ―被爆地広島の市民たちは、被爆証言を国内外へ発信してきましたが、それだけでは「平和」は伝わりませんか。
 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))が今年のノーベル平和賞を受けましたね。長年、核兵器の非人道性を訴えてきた被爆者の証言の積み重ねが実を結んだと思っています。二度と同じ思いをさせたくないという被爆者の証言には重みがある。一方で私たち若い世代は体験者に頼りすぎてないでしょうか。

  ―どういうことですか。
 例えば飛行機事故が起きた場合、最初は生存者の体験に耳を傾けますが、すぐになぜ起きたのかを追及し、再発防止策を求めます。生存者の体験だけ語り継ぐなんてことはあり得ない。原因や対策を当事者として真剣に考えなくては、いずれ自分に降り掛かる恐れがあるからです。でも戦争や核兵器に関してはどうでしょう。平和教育にしても、被爆者たちから証言を聞くことで満足していませんか。

  ―しかし被爆者や戦争体験者がどんどん少なくなる中、記憶を継承する教育は重要です。
 もちろんです。ただ自分が受けた平和教育を振り返ると、結末を知らされた映画を見るようで少し退屈でした。体験を聞いて「戦争は駄目」「繰り返してはいけない」という結論が分かりきっていると、そこで思考停止してしまいます。

  ―証言だけに頼らないためには何が必要ですか。
 反戦、反核といった模範解答を求めるのではなく、「どうすればあの戦争や核使用が止められたのだろう」などと主体的に考え続けることです。72年前に終わった戦争体験者だけが、戦争の「当事者」ではありません。戦争は今も起こり得ることで私たちも無関係ではありません。当事者性を取り戻すべきではないでしょうか。

いとう・たけし
 明治大法学部卒。外資系広告代理店勤務を経て、01年にasobot設立。06年、生涯学習プログラムを提供するNPO法人「シブヤ大学」を設立し、現在理事。著書に「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか」。東京都目黒区在住。

(2017年12月20日朝刊掲載)

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