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社説・コラム

社説 憲法論議と被爆地 原点の思いを忘れまい

 自民、公明の連立与党をはじめ、憲法改正を視野に入れた政党が、国民発議に必要な3分の2以上の議席を衆参両院で占めて今夏で5年になる。望もうが望むまいが、憲法を改正すべきか、どの条文を見直すのか、国民の意見が問われる日が迫っているのは間違いないだろう。

 安倍晋三首相は2020年の憲法改正施行を目指す考えを折に触れてにじませている。「日程ありきではない」と言いつつ巧妙にその準備を進めている。

 自民党は、党総裁である安倍氏の意向を受け、昨年10月の衆院選で初めて憲法改正を公約の柱の一つに位置付けた。12月には改正を目指す4項目について論点を整理して公表した。党の改憲案としてまとめ、通常国会に示し、早ければ今秋に国会発議をする日程を検討している。

国会論議 丁寧に

 もちろん、発議にまで至るかどうかは、9月の自民党総裁選での安倍氏3選が前提だろう。与野党を交えた丁寧な国会論議も不可欠である。連立を組む公明党は今のところ、9条改正には慎重で、安倍氏の思うように進むか、不透明と言えよう。

 ただ、第2次安倍政権の5年間を見ると、安全保障関連法や「共謀罪」法など数の力で押し切ってきた印象が強い。憲法がそうならない保証は全くない。

 野党は「憲法より優先して議論、対応すべきことがある」などと政権の姿勢には批判的だ。首相自身が「国難」とした北朝鮮や少子高齢化に十分には対応できていないから無理もない。

改正 必要なのか

 自民党が整理した論点にも疑問はある。例えば教育無償化などは憲法を変えなくても実行できるはずだ。まずは、改正が必要なのか、見定めるべきだ。

 どの項目で、どのような「問い」が国民になされるのか、はっきりしていない。それでも改正の是非を最終的に判断するのは国民の責任である。各種の世論調査では賛否は割れている。それだけに、冷静に判断できるよう私たちは今から考えておかねばならないのではないか。

 9条への自衛隊の存在明記案や、基本的人権の制限につながりかねない緊急事態条項の創設などの意見もある。そうした憲法の根幹である基本的人権の尊重、国民主権、平和主義といった三大原理を見直すのなら、忘れてはならないことがある。

 第2次世界大戦で日本が負けた結果できた憲法だから、その根本を変えるなら戦争自体の位置付けの見直しが不可欠だ―。日本近代史が専門の加藤陽子東京大教授はそう指摘している。

 戦争は、敵国の基本的秩序つまり憲法に対する攻撃という形を取る。そんな啓蒙(けいもう)思想家ルソーの言葉を引き、日本の敗戦とそれに伴う今の憲法との切っても切れない関係を強調する。単に条文の変更では済まない重大な問題というわけだ。

争の反省 背景

 「米国に押し付けられた」などの憲法批判も聞かれる。しかし公布から70年過ぎ、定着してきたことを軽視はできまい。国民が受け入れてきた証しでもある。それには戦争の記憶、特に広島、長崎の被爆の記憶も要となる役割を果たしている。兵士だけでなく、銃後の市民も生活や自由、時には生命さえ犠牲にした戦争への反省でもある。

 原爆投下では都市が狙われ、女性や子どもといった非戦闘員の犠牲者も多く出た。それ故、被爆地が、核廃絶とともに、核兵器を使わせないために戦争自体を起こさせないよう訴えてきたことを思い出す必要もある。

 北朝鮮を巡って緊張が高まっている今、被爆地に近い米軍岩国基地(岩国市)の先行きに思いをはせたい。空母艦載機移転が始まり、極東最大級の基地へと変貌しつつある。拠点性が高まれば、逆に攻撃対象になりかねない。集団的自衛権行使に道を開いた安保関連法などで専守防衛の歯止めが揺らいでいるだけに、なおさら気掛かりだ。低空飛行による騒音など周辺住民の生活への影響も増している。

 憲法を身近に感じることは少ないかもしれない。それでも、その原点や込められた思いを見つめ直す努力が欠かせない。

(2018年1月3日朝刊掲載)

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