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社説・コラム

社説 米核戦略の新指針 分断や反目 なぜあおる

 「核のボタン」をおもちゃ扱いする、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領との物騒な応酬が、絵空事ではないということだろう。

 トランプ政権が今後発表する核戦略の新たな中期指針「核体制の見直し」(NPR)の概要が明らかになった。局地攻撃に使う小型核の開発も検討し、核攻撃の抑止と反撃に限ってきた核兵器の役割を広げるという。

 矛先を向けられた中国やロシア、北朝鮮がなおさら、対抗策となる「核」温存の言い訳にするのは目に見えている。

 「核兵器なき世界」を唱え、オバマ前政権が進めた核軍縮の流れにも逆行する。核兵器禁止条約の採択で廃絶に願いを強める被爆者や市民に浴びせる冷や水でもある。とても受け入れることはできない。

 1989年に米ソ首脳が冷戦終結を宣言し、安全保障環境が一変する中、核兵器の役割や運用体制を見直してきたのがNPRである。唯一の超大国となった米国の「核戦争のシナリオ」であり、90年代以降、クリントン、ブッシュ、オバマの各大統領がそれぞれ策定してきた。

 オバマ政権時の2010年以来となる今回の改定は、トランプ氏と同じ共和党のブッシュ政権時代への回帰に映る。

 ブッシュ政権はミサイル防衛(MD)を進める半面、地中に貫通し地下施設を攻撃できる新型核や、非戦闘員の巻き添えを抑える小型核といった「使える核」を追い求めた。非戦闘員、つまり市民をだしに使うところなど、今回そっくりである。

 敵か味方か、両極端に分断しようとする思考も重なる。ブッシュ政権の当時も、イランやイラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし、ロシアや中国、リビアとともにNPRの標的にみなしていた。

 グテレス国連事務総長が新年のあいさつで訴えたのも、国際社会の結束だった。分断と排除の論理に世界が覆われてしまえば実際、偶発的な核戦争の恐れも高まりかねない。

 というのも新しい指針は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)▽潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)▽戦略爆撃機からなる「核の3本柱」を堅持するからだ。ICBMは、誤った警戒情報による誤発射の危険性が以前から懸念されている。マティス国防長官も議会公聴会で証言している通りである。

 無論、ひとり米国に責めを帰すべきではない。ロシアは中距離核戦力(INF)廃棄条約に反し、新型の地上発射型巡航ミサイルを実戦配備したともみられる。NPR策定責任者の一人であるセルバ統合参謀本部副議長が、そうした認識をやはり公聴会で証言している。

 トランプ氏が「力による平和」を強調すればするほど、国際社会でロシアそして中国の影響力が重みを増す側面もある。見逃すことはできない。

 米国ではことし11月に中間選挙があり、発足2年のトランプ政権に審判が下る。低支持率にあえぐトランプ氏は、内向きの政策を急ぐ。エルサレムをイスラエルの首都と認めた中東政策の転換も、国内保守派の支持固めが狙いだった。

 被爆国である日本が、核戦略もこのまま米国追随の一辺倒でいいはずがない。一線を引く必要がある。

(2018年1月9日朝刊掲載)

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