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社説・コラム

天風録 『科学者の良心』

 命を奪ったのは血液の病だが、肌の状態などから、被曝(ひばく)の影響を疑う声もある。ラジウムの発見などでノーベル賞を2度受けたキュリー夫人だ。没後80年が過ぎても放射線を発する研究ノートは鉛のケースで管理されている▲放射性物質の恐ろしさはまだ知られておらず素手で扱った。体の異変は別として「実験室の生活は万物に対する闘争だ」との言葉は鬼気迫る。かくも厳しく誠実な姿があってこそ人類は知の領域を広げてきたのだろう▲「日本のキュリー夫人だ」と、4年前の1月末、会見で無数のフラッシュを浴びる科学者がいた。ノーベル賞級ともてはやされたSTAP細胞の発見だが、後にデータの不適切操作などが発覚する▲再出発を誓った科学界が再び論文不正に揺れている。震源地は、再生医療を担う京都大iPS細胞研究所だ。「論文の見栄えを良くしたかった」。助教の説明は論外だろうが、極端な成果主義や有期雇用が学界全体を息苦しくさせている面はないか▲偉大な研究は完全な姿で突如ひらめくものではないと、キュリー夫人は言う。「膨大な積み重ねから生まれる果実だ」と。学究の徒には功を焦らず、まず良心の「再生」を求めたい。

(2018年1月29日朝刊掲載)

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