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社説・コラム

「余剰」プルトニウムに警鐘 核兵器と日本の原子力政策 長崎大核兵器廃絶研究センター長 鈴木教授に聞く

核抑止力依存 問い直せ

 長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)長の鈴木達治郎教授(66)が、新著「核兵器と原発 日本が抱える『核』のジレンマ」(講談社現代新書)を出版した。核兵器に依存する安全保障政策と、福島第1原発事故の教訓を十分に踏まえない原子力政策。二つは根底でつながり、潜在的な核保有能力を持とうとする意思とも無縁でない―。事故当時には国の原子力委員長代理を務めた専門家は踏み込んだ警鐘を鳴らす。3・11を前に考えるべき課題を聞いた。(金崎由美)

  ―東日本大震災から7年という節目を控え、何を感じていますか。
 あれだけ重大な事故を起こした反省の上に立ち、日本の原子力政策は変わらなければならない。避難住民の生活再建や廃炉作業といった事故への対応が柱であるべきだ。私は安全が確認できたら再稼働はあっていいと考えるが、原子力への依存度を下げ、縮小していくことは不可欠だ。民主党政権の方針でもあった。

 しかし自公政権が2014年に出した新エネルギー基本計画は「30年代に原子力ゼロを可能にする」「新増設はしない」という内容を取り下げた。事故の後始末も幕引き同然に見える。事故がなかったかのように政策が後戻りしていることに危機感を募らせている。

事故後も固執

  ―中でも原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、燃料にする「核燃料サイクル」の継続を批判していますね。
 本来、プルトニウムを主燃料とする高速増殖炉の実用化とセットだが、明らかに失敗といえる。代わりに軽水炉に利用しても、その使用済み燃料は毒性が強くなる。青森県六ケ所村に建設中の再処理工場が稼働すれば、プルトニウムの在庫はさらに増える見通しだ。そこへ福島の原発事故が起き、国内の発電所が止まった。政府も電力会社もさすがに「全量再処理」は放棄すると思った。

 私は事故後の政策議論の中で、まず使用済み核燃料の置き場所を確保し、その扱いを検討するとともに政策の柔軟性を確保していく提案をした。だが結局、16年成立の「再処理等拠出金法」で「全量再処理」は事実上、固定化された。現状維持への執着は、理解を超えるものがある。

  ―そこに「潜在的な核抑止力の保持」という政治意思も介在している、と著書で指摘していますね。
 その通りだ。「余剰プルトニウムを持たない」と国際的に約束しながら日本は約48トン、長崎原爆で約8千発分の在庫を抱える(リンク先のポスターはRECNA/核兵器廃絶長崎連絡協議会の提供)。これだけ失敗した政策にこだわり続ける理由として、そう考えざるを得ない。経済面で再処理は明らかに直接処分に劣り、フランスなど数カ国以外は撤退している。日本でも、かつて電力会社が撤退の意思を示唆したが、政治家が待ったを掛けた。そして福島の事故後に脱原発の声が挙がると、けん制するかのような政治家の発言が相次いだ。

  ―長年の経験から、そこに意図を感じたのですね。
 米国の「核の傘」か、さもなくば独自で、という核抑止力への固執にほかならない。ここを問い直さずに核兵器廃絶は遠い。私たちRECNAが「北東アジア非核兵器地帯」を提言している理由でもある。

  ―ただ日本は国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察(保障措置)を受け入れています。発電用の核物質で核兵器は造れないと主張する専門家もいます。
 日本は核物質管理の面で優等生。保障措置の下にある核物質を、簡単に核兵器に転用できないのも確かだろう。ただ、技術的にも核兵器にできない、というのは間違いだ。もし日本のプルトニウムが北朝鮮の手に渡っても心配ない、と言うだろうか。

 世界は正直な優等生ばかりでない。核開発を疑われてきたイランは堂々と「日本が手本」と述べていた。核不拡散の面からも決して望ましくない。原子力発電自体は核兵器転用につながらないが、再処理は核兵器技術と直結し得ることを忘れてはならない。

国民的議論を

  ―核と原発を巡る現状に通じるものは。
 政策選択における民主主義は、複数の選択肢をテーブルに載せ、真の第三者的な機関も加えて国民的議論を重ねることが基本だと思う。情報の透明性が伴うのは当然だ。現状では省庁が「これしかない」とレールを敷き、最初から結論ありき。私自身も幾度となく厚い壁に阻まれ、じくじたる思いをした。

 RECNAは1月に非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))のフィン事務局長を長崎に招いた。印象深かったのが「首相や政府、政治家は国民に仕えるためにいる。ボスはあなたたち」という発言だ。思考停止することなく、選択肢の提示と実行を迫る責任は国民の側にある。日本の民主主義が問われている。

すずき・たつじろう
 大阪府生まれ。米マサチューセッツ工科大修士課程修了。東京大で工学博士号取得。電力中央研究所研究参事などを経て10年1月、内閣府の原子力委員長代理。14年4月、RECNA副センター長、15年現職。パグウォッシュ会議評議員も務める。専門は原子力政策、核軍縮・不拡散。

北東アジア非核兵器地帯構想
 緊張が続く北東アジアで、核抑止力によらない地域安全保障の枠組として非核兵器地帯の実現を目指す構想。RECNAは日本、韓国と北朝鮮に核兵器開発、保有、持ち込みなどを禁止し、周辺の核兵器保有国(米国、ロシア、中国)は核攻撃や威嚇をしないと誓約するなどの内容を提案している。北朝鮮の核問題が深刻化する中でも、非核兵器地帯に向けた外交的努力そのものが関係国の信頼構築をもたらすと期待されている。

(2018年2月26日朝刊掲載)

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