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被爆者「核廃絶前進を」 米朝首脳会談へ 真意疑う声も

 トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との会談に応じる意向が報じられた9日、広島県内の被爆者団体などからは北朝鮮の核問題解決に兆しが見えたことに歓迎の声が上がる一方、これまで北朝鮮が核・ミサイル実験を強行してきた姿勢からの急進展に不信感もくすぶった。被爆国としての日本政府の役割も重要性を増す。(野田華奈子、水川恭輔)

 広島県朝鮮人被爆者協議会の金鎮湖(キム・ジノ)理事長(72)は「誰も戦争は望んでおらず、首脳会談で米国との関係が平和的に解決してほしい」と歓迎。「安倍晋三首相が言うような圧力一辺倒では、にっちもさっちもいかない。被爆者が光を見いだせる交渉を」と、核兵器廃絶の前進に期待した。

 在日本大韓民国民団(民団)広島県地方本部韓国原爆被害者対策特別委員会の朴南珠(パク・ナムジュ)委員長(85)は「北朝鮮の人たちに核兵器の怖さや悲惨さが十分伝わっていないと思う」と指摘。「話し合いがうまく進むよう、広島からもっと訴えたい」と望む。

 「あれだけ言葉の応酬を続けていたのに、本当に実現するのだろうか。北朝鮮の真意も見えにくい」。広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之副理事長(75)は、疑念を抱く。一方で「成功したら、核兵器廃絶を望む市民の署名活動や国際世論の形成に大きな弾みがつく」と期待もにじませる。

 もう一つの広島県被団協の佐久間邦彦理事長(73)は「前進だ。時間はかかるかもしれないが、核兵器をなくす方向で信頼関係が深まると思う」。昨年7月に制定された核兵器禁止条約の早期発効を課題に挙げ、「日本政府は非核化に向けて助言するなど、被爆国としての役割を十分に発揮するべきだ」と求めた。

 韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部の豊永恵三郎世話人(81)は「北朝鮮の被爆者は放置され続けている。日本政府も北朝鮮と交流できるよう対話の機会をつくるべきだ」と強調した。

識者談話

国連の経済制裁が効果

島根県立大の福原裕二教授(朝鮮半島地域研究)

 北朝鮮からの提案の背景の一つは、国連の経済制裁が効いてきたということだろう。北朝鮮の脅威である米韓合同軍事演習に「理解を示す」とし、これまでのような核・ミサイル実験による反発は見合わせる姿勢で、米国に交渉の「えさ」を示した。生活の悪化から現体制への支持が離れるのを防ぐため、制裁打開の交渉の必要に迫られている。

 もともと北朝鮮は国際影響力を高め、米国を交渉に引き込む手段として核に目を付けた。「休戦」状態の朝鮮戦争を終える平和条約を結び、現体制存続を保証させるのが目標。一方、米国の目標は恒久的な非核化。ただ、首脳会談で双方の目標の実現にいきなり全て合意するのは、現実的に難しい。

 今後の交渉で、北朝鮮は体制の保証に向けて一定の条件を出しながら、まずは核ミサイル発射施設のみの放棄など段階的な非核化の意思を小出しに示していくだろう。その際、米国側が折り合うかが行方を占う。日本政府は圧力に力点を置いてきたが、対話の重要局面が来たと捉えるべきだ。

破滅防止へ当然の判断

広島市立大広島平和研究所の水本和実副所長(核軍縮)

 核兵器は、一発でも使われれば破滅的な被害を生む。その最悪のシナリオを避けるため、一触即発が懸念される米朝の首脳が話し合うのは当然の判断だ。トランプ米政権が強硬策から対話路線に切り替えようとしているのは、国際世論や米国市民に平和を望む声が高まる中、政権の正当性を保つ狙いがあるとみられる。

 北朝鮮側は、核開発の理由に「核による威嚇」を含む米国の敵視政策を挙げている。しかし、米国は朝鮮半島周辺に核搭載可能な戦略爆撃機を派遣するなどの威嚇を続け、日本政府も日米同盟の「核抑止力」として正当化している。軍事圧力で核問題を乗り切ろうとするのは、北朝鮮に核開発の理由を一層与え、危険だ。

 日本政府に求められるのは、例えば「北東アジア非核兵器地帯」の提案。日韓朝が核を持たない代わりにこの3カ国に保有国の米ロ中が核攻撃・威嚇をしないと約束する考え方だ。さらに米朝の指導者に核兵器の非人道性を認識させることも不可欠。米朝の交渉の場に被爆地広島を提案するような姿勢を見せてほしい。

(2018年3月10日朝刊掲載)

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