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社説・コラム

天風録 『「けーし風」の人』

 「窓から見える世界の風」(創元社)は風の名前の事典である。春先、地中海に吹くシロッコは霧や雨を伴って人を憂鬱(ゆううつ)にする。夏の終わり、アラビア海にはエレファンタが吹く。こちらは待ちに待った船出の吉報。人にとっては風にも善しあしがある▲沖縄で聞く「けーし(返し)風(かじ)」はどちらだろう。台風の目が通り過ぎた後の吹き返しのことである。風向きも、がらりと一変する。南の島では、返し風も決して油断はできないそうだ▲「けーし風」という季刊誌を主宰した新崎盛暉(あらさき・もりてる)さんが、82歳で亡くなった。沖縄現代史の研究者でありながら「基地なき島」へ常に行動する人でもあった▲新崎さんは「統計上の数字ではコンマ以下」という言い回しをよく使った。少数派でも、目に見えぬつながりが地道な闘いを支えてきたという意味だ。基地にまつわる交付金は「アメとムチ」でなく「麻薬とムチ」だ、と繰り返してもいた。一度手を染めたら逃れられなくなる―▲「けーし風」の表紙は<状況に「返し風」を>とうたう。「基地なき島」を求める強い風を吹かせることが新崎さんの願いだったのだろう。がらり、風向きが一変することを恐れるのは一体誰やら。

(2018年4月3日朝刊掲載)

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