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社説・コラム

『潮流』 「牛と土」の行方

■論説主幹 佐田尾信作

 春は野焼き、山焼きの季節である。中国地方では秋吉台(美祢市)や三瓶山西の原(大田市)の火入れ行事がよく報じられる。

 昭和に入るまで、草原は国土の1割を超えていた。稲作に堆肥が欠かせず、役牛馬を放つ土地も必要だったからだ。草原はそのままでは森に遷移するため、野焼きを通じて人が手を入れ、維持してきた。その価値が認められて、国立公園となった地域もある。

 今は耕作放棄地を放牧で再生させる試みも相次ぐ。牛に雑草を掃除させる「舌刈り」である。ノンフィクション作家眞並(しんなみ)恭介さんの「牛と土」(集英社文庫)を読み、舌刈りが秘めた新たな可能性を知った。

 「牛と土」は福島第1原発の事故によって「帰還困難区域」とされた地域で、国から殺処分するよう指示された牛の飼育をあえて続ける農民の記録だ。私も面識のある福島県浪江町の吉沢正巳さんらである。

 彼らはなぜ、被曝(ひばく)のリスクを冒してまで牛を飼うのか。むろん、手塩にかけて育てた牛を出荷しないまま死へと追いやる気持ちにはなれまい。しかし、その感情だけで、いつまでも抵抗できるとは限らない。

 そこで支援者や研究者とともに牛を飼い続ける根拠を探し求め、幾つか答えを見いだした。一つは、汚染されない飼料を与えることで被曝した牛にどのような影響が表れるのか、学術的に調べることである。

 そして、もうひとつは放置されたまま雑木が生い茂る耕作地に計画的に放牧することで、全くの荒れ地に成り果てるのを食い止めることである。まさに、舌刈りではないだろうか。

 「牛と土」には巨大な第1胃(ルーメン)を研究用に解剖する光景が出てくる。胃の中の微生物が大量の草を分解して土の塊のように見えるという。「牛は大地そのものだ」という著者の思いに共感できる。

(2018年4月7日朝刊掲載)

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