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社説・コラム

天風録 『高畑勲さん』

 時ならぬ物音に9歳の少年は寝間着のまま、はだしで家を飛び出す。ザーという不気味な音に空を見上げると、無数の火の玉が降ってくる。父母らとはぐれ、すぐ上の姉と2人で炎の街を走った…▲「歯がかみ合わないぐらい震えた」という終戦間際の岡山空襲が、アニメーション作家、高畑勲さんの原点なのだろう。焼夷(しょうい)弾の雨の中で見た生死入り交じったさまは、代表作「火垂(ほた)るの墓」に遺憾なく発揮されていた。おととい82歳で亡くなった▲野坂昭如さんの小説を基に自ら脚本・監督した。B29はどの方向から神戸上空に飛んで来たか。納得いくまで細部にこだわって制作は遅れに遅れ、2カ所の色塗りが間に合わないままの封切りとなった▲そんな生真面目さは教育者の父譲りかもしれない。「ありのままを見せなければ意味がない」。戦後の天皇巡幸で休息所になる校長室の掃除や特別ないすの手配に抵抗したそうだ。教え子に慕われた父も、自慢だった▲14年ぶりとなった「かぐや姫の物語」の公開から5年。次回作は永遠に見られない。ただ「この世界の片隅に」の片渕須直監督をはじめ高畑さんらのアニメで育った教え子が、思いは引き継いでくれている。

(2018年4月7日朝刊掲載)

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