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社説・コラム

『潮流』 二つの図書館

■論説委員 森田裕美

 本を読むのは、何よりもまず人間であり続けるためです―。少し大仰にも思える青年の言葉を「シリアの秘密図書館」という本に見つけた。

 今世紀最悪の人道危機といわれる内戦の続くシリア。民主化運動を弾圧する政権に破壊された町で、瓦礫(がれき)に埋もれた1万5千冊もの本を掘り出し、地下に図書館をつくった若者たちの姿を、フランス人ジャーナリストが記録した。

 死と隣り合わせの環境で、知の力を盾に暴力に立ち向かおうと、本を求める人たちがいることに驚いた。読書のゆとりもなかった市民や兵士が本によって正気を保ち、希望を見いだすさまには涙がこぼれた。

 「平和を愛する人を育てるためには本や文化に親しむことが大切」。かつて広島にも、そんな理念を掲げた図書館船があった。「文化船ひまわり」である。その木造船が今も残っていると聞き、尾道市瀬戸田町を訪ねた。老朽化で解体の危機にあったのを市民有志が修復したという。

 1962年に就航して以来約20年間、東は福山市の走島、西は大竹市の阿多田島まで県内19の島々を巡った。延べ45万人に70万冊もの本を届けたそうだ。正装で借りに来る夫婦、家まで待ちきれず座り込んで読む子どもたち…。県立図書館に収められた古いアルバムをめくると、本を渇望した人々の息遣いを感じた。

 「本を読むとはどういうことか。ひまわりはそれを私たちに考えさせてくれる」。同市の児童文学作家林原玉枝さんは言う。船をその象徴として残し、後世に伝えようと仲間たちと保存活動を続けている。

 シリアの秘密図書館と、かつて瀬戸内海の島々を結んだひまわりは一見遠く隔たっているかもしれない。でも二つの図書館が考えさせるのは、私たちが正しい判断を下すために、ものを知り、考えること。そんな民主主義の根っこである。

(2018年5月5日朝刊掲載)

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