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連載・特集

[イワクニ 地域と米軍基地] 独・伊 日本より権限強く

米軍計4万7000人駐留 重ねた「協定」見直し

 欧州での米国の主要な軍事拠点であるドイツとイタリア。第2次世界大戦の敗戦という歴史を背負い、今も多くの米軍が駐留する点で日本と共通しているが、米軍に対する権限は日本より大きい。冷戦終結や米軍機事故などを機に、米側に訓練や基地の運用に関する協定などの改定を求め、より「主権」を強める方向へ見直してきた。一方、日本での駐留の取り決めである日米地位協定は、「不平等」との指摘の中、1960年に締結してから一度も改定されていない。両国と日本との違いは何か。協定などの見直しの経緯や、それぞれの駐留米軍を巡る現状を見る=3面関連。(明知隼二)

 ドイツ、イタリアの駐留米軍に関する協定は北大西洋条約機構(NATO)地位協定が土台にある。両国と米国を含むNATO加盟国(29カ国)が、互いに軍隊を置き合うために結ばれた協定だ。受け入れ国の法律の尊重や、訓練など公務中の事故であれば派遣国が優先的な裁判権を持つことなど、駐留軍に関わる原則を定める。

 NATO地位協定はあくまで原則のため、両国には実務的な内容を盛り込んだ協定がある。ドイツは、米国を含め自国内に駐留する6カ国と「ボン補足協定」(1959年)を、イタリアは米国と「2国間基地施設協定」(54年)「モデル実務取り決め」(95年)をそれぞれ締結。これらが事実上、日米地位協定と同様の役割を担う。

 ドイツのボン補足協定は、締結から一度も本文を見直していない日米地位協定と違い、これまでに3度の改定を重ねてきた。中でも93年の改定では、駐留軍の訓練はドイツ側の承認を必要とし、国内法を適用することも明記。環境保護の条文も新設された。「国内法の適用をより厳しくし、主権を強めることができた」。元ドイツ国防省海外協定・政策部長のディーター・フレック博士は強調する。

 なぜ、そうした改定が可能だったのか。冷戦終結で軍の駐留を巡る環境が激変した中、当時のドイツ政府は「自国軍と同盟軍を同じ法律で規制」することを改定交渉の原則に据えた。80年代には騒音などの基地問題が法廷に持ち込まれるケースが増え、ラムシュタイン米空軍基地での航空ショー事故など軍用機の墜落も相次いでいた。フレック博士は「環境問題も含め、国内法適用というテーマへの国民の関心が高まっていた」と交渉の背景を説明する。

 イタリアでも、やはり冷戦終結後に交わした「モデル実務取り決め」にイタリア側の管理権限を明記した。取り決めは、米軍基地ごとの個別のルールづくりに使う共通のひな型との位置付けだ。54年に米国と結んだ2国間協定は非公開のため取り決めと比較できないが、米軍基地をイタリア軍の管理下に置くなど自国の主張が通りやすい内容が目立つ。

 イタリアは、この取り決め以前から米軍に物申す姿勢を見せている。73年の第4次中東戦争、86年のリビア空爆などでは、政府方針に合わないとして国内の米軍基地からの出撃を拒否した。こうした姿勢が取り決めに反映された可能性もある。

 98年に起きた米軍機による死亡事故を受け、ルールの見直しも図った。事故は北部のリゾート地カバレーゼで、低空飛行訓練中の米軍機がロープウエーのケーブルを切断し、乗客たち20人が死亡。イタリア政府は事故後、さらに厳しい飛行規制を米軍に課した。

 日本では2015年に環境補足協定、17年には軍属の範囲を見直す補足協定が締結されたが、日米地位協定そのものの改正に向けた具体的な動きは見えない。東京工業大大学院の川名晋史准教授(安全保障論)は「協定改定は政治的な労力が非常に高く、日本側は米側が取り合わないと考えている。米側は、日本では政治課題にならないと見切っている節がある」と分析する。

 一方で米側は、大使館などを通じて日本の政治情勢や世論をつぶさに観察しているとし、「日本で改定が優先的な政治課題になれば、米国も敏感に反応するだろう」と指摘する。

基地の役割

 かつて「世界の警察官」を自任した米国。世界各地に今も米軍が展開し、米国防総省の統計によると、米軍基地や施設は41カ国・地域に計517カ所(2016年9月末現在)ある。国別では日本とドイツが最も多く、それぞれ約120カ所。韓国約80カ所、イタリア約50カ所などと続く。統計に含まれていない施設もあり、総数を約800カ所と推計する研究者もいる。

 軍人の駐留数(17年9月末現在)では、日本が約4万5千人と突出している。ドイツが約3万5千人で続き、韓国約2万4千人▽アフガニスタン約1万3千人▽イタリア約1万2千人―など。ドイツ、イタリア両国の駐留数計約4万7千人は、北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州諸国の7割を占めている。

「冷戦」名残で拠点

 ドイツにはとりわけ重要な拠点が集中する。ロシアを含めて欧州全域を担当エリアとする米欧州軍司令部をはじめ、米欧州空軍と同陸軍の司令部、アフリカ方面担当の米アフリカ軍司令部などが点在している。

 集中する背景には、第2次世界大戦後、戦勝国による占領と冷戦がある。東西に分断され、冷戦の最前線になったためだ。

 1949年のNATO設立後も占領統治は続き、西ドイツは55年にようやく主権を回復。NATOに加盟した。米軍などの同盟軍は同時期に結んだ条約に基づき、NATO軍としての駐留に移行した。

 冷戦が終わり東西ドイツが統一された後、駐留米軍は大幅に減少。米調査機関ピュー・リサーチセンターの報告では、現在の駐留数は、ピークの約27万4千人(62年)の約8分の1になった。米軍基地の統合も進んでいる。

コソボ紛争へ出撃

 イタリアにも米欧州海軍司令部(ナポリ)のほか、バルカン半島や中東、アフリカを見据えた空軍や陸軍の主要な拠点がある。コソボ紛争中の99年には、北東部のアビアノ米空軍基地が米軍機を中心としたNATO軍の出撃拠点となった。

 日本、ドイツと同じ敗戦国だが、47年には講和条約に調印。NATOには発足時から独立国として加盟している。また大戦末期には国民がパルチザン(抵抗運動)を結成し、ドイツ軍やファシスト政権に対して米英の連合軍と共闘。「友軍」だった米軍の駐留に対する反感は薄いとされる。

 ただ2006年、北部ビチェンツァの米軍基地の移転拡張計画が明らかになった際、地元住民の反対運動が全国に拡大。翌年、10万人規模の抗議活動もあったが現在、拡張工事が進められている。

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日本との比較 訓練には事前承認必要

 駐留米軍との具体的な約束事を定めるドイツの「ボン補足協定」とイタリアの「モデル実務取り決め」はいずれも、日米地位協定と比べて米軍を管理する裁量が大きいのが特徴だ。「訓練の規制」「基地への立ち入り」「地元協議」の三つの項目で日本を含めた3カ国の状況を比較した。

訓練の規制

 ドイツ、イタリアと日本で最も違うのが、米軍の訓練に対する規制の在り方だ。ドイツもかつて米軍に事実上、自由に訓練することを認めていた。しかし、1993年の補足協定の改定で、訓練の際、米軍に対し、ドイツ側への事前通知と承認を義務付けた。基地の使用や訓練に国内法を適用することも明文化。飛行高度や飛行時間などの制限も同じ基準を適用する。

 イタリアも米軍の訓練を事前承認制とし、演習の年間計画の報告も求めている。国内法を適用している点もドイツと同じだ。さらに98年、北部カバレーゼで米軍機がロープウエーのケーブルを切断した事故を受け、低空飛行訓練の高度や時間帯の管理を厳格化した。

 これに対し、日米地位協定には訓練の規制を明確に定めた条文はなく、米軍は航空法など多くの国内法の適用を除外されている。日米両政府は99年、米軍機の低空飛行訓練で日本の航空法と同じ高度規制を適用すると合意したが、現在も住民の苦情は絶えない。

基地への立ち入り

 ドイツでは、米軍基地内へのドイツ政府や州政府、地方自治体の立ち入りが認められている。「ドイツの利益を守る」という行政の役割を果たすため必要とし、緊急の場合、事前通告なしに立ち入ることも可能だ。

 イタリアでは、イタリア軍司令官が国の代表として幅広い権限を持つ。軍の管理下に米軍基地を置き、司令官は全区域に自由に立ち入ることができる。米軍の活動が国民に危険を及ぼすと判断すれば、中断を求めて介入することもできる。

 日本では、米軍基地への立ち入り権限は環境分野に限って明文化されている。2015年9月発効の環境補足協定で、米軍の施設や区域が日本に返還される場合、約7カ月前から調査のための立ち入りが認められた。一方、施設内で土壌汚染などにつながる漏出事故が起きた場合は「現地視察を申請することができる」ことになったが、実効性を疑問視する声がある。

地元協議

 イタリアでは、米軍とイタリア軍が「地域委員会」と呼ばれる地元協議機関を設ける決まりがある。地元自治体の苦情などを聞き取り「地域レベルでの解決に努力する」と定める。アビアノ米空軍基地があるアビアノ市によると、州政府の担当者が出席し、市町村レベルの声を伝えているという。

 日本とドイツでは、地元自治体を交えた協議機関の設置について明確なルールはない。ただ、ドイツでは基地側が任意で「騒音軽減委員会」などの協議機関を設けるケースもある。基地側が飛行状況などを報告し、負担軽減などに向けた地元との意見交換の場として活用しているという。

 米軍岩国基地(岩国市)は1971年、地元の岩国市と山口県、国と岩国日米協議会を設置。米軍機の運用ルールなどを話し合う場だが、91年を最後に開かれていない。

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自国軍人の保護 最優先

米の地位協定報告書

 米国務省は2015年、米国が世界各国と結ぶ地位協定の現状と課題をまとめた報告書を公表した。同省の諮問機関がまとめた約60ページの報告書からは、米国が自国の軍人の保護を最優先にする一方、そうした姿勢を受け入れない相手国との交渉に試行錯誤を重ねている様子もうかがえる。

 報告書によると、米国は世界の100以上の国・地域と、駐留米軍の地位に関する協定や外交文書を交わしている。ドイツやイタリアを含む北大西洋条約機構(NATO)加盟国のほか、日本や韓国などの同盟国、中東のイラク、アフガニスタンなども含まれている。うち約10の協定については、受け入れ国の政治情勢などを理由に、内容や存在自体を非公開にしている。

 報告書では、地位協定の目的を「米軍の要員が不公正な司法制度の対象にならないように保護すること」と断言。事件、事故を起こした場合の免責や、優先的な裁判権の確保を重視していることが分かる。そして、有利な協定を結ぶために「受け入れ国が米軍を必要としているという優位性を利用すべきだ」と強調する。

 一方、米軍に「特権」を与える協定の在り方について、「受け入れ国が、国家としての自尊心の問題や国内の反発から同意できないことがある」とも認める。相互に特権を認め合うことを交渉カードに使うことも例示し、より柔軟な交渉を求めている。

 また、協定の運用には地元自治体との良好な関係が不可欠と強調。その上で、現地の米軍司令官が軍務にしか関心を持たず、大使館員も協定の内容に詳しくないため協定の順守が不十分なケースがある、との問題点も指摘している。

北大西洋条約機構(NATO)
 1949年、旧ソ連の脅威に対抗するために米国、カナダ、西欧10カ国の計12カ国の軍事同盟として発足した。現在は29カ国が加盟。加盟国が武力攻撃を受けた場合、全加盟国への攻撃とみなし、兵力使用を含む必要な行動を直ちに取ることを定める。冷戦終了後は周辺地域の安定化などを目的に、NATO域外での紛争への介入や復興支援などもしている。本部はベルギー・ブリュッセル。

日米地位協定
 日米安全保障条約に基づき、日本の駐留米軍の法的地位や基地の管理、運用について定めた協定。法的地位に関しては、米軍人や軍属が起こした公務中の事件事故では米側に優先的な裁判権があると規定。公務外でも米側が先に容疑者を拘束した場合、身柄は原則、起訴まで日本側に引き渡さない。日米両政府は、1995年の米兵による沖縄少女暴行事件を機に運用の見直しを進めた。このほか環境問題や軍属の範囲縮小に関する補足協定を結んだが、協定本文は60年の発効以来、一度も改定されていない。

(2018年5月20日朝刊掲載)

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