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壊滅前 堀川町の営み 住民の写真 資料館に寄贈

 原爆投下で壊滅した広島市の繁華街・堀川町(現中区)で、1943年に撮影されたとみられる住民たちの写真が、関係者から原爆資料館に寄贈された。同館は「戦時中の人々の暮らしや雰囲気が分かる貴重な写真」としている。

 堀川町は洋服店や時計店、旅館などが並び、広島原爆戦災誌によると被爆直前には121戸の建物があり、560人が暮らしていた。爆心地から約700メートル。爆風や火災で町は壊滅、多くの犠牲者が出た。

 寄贈された写真にはシャベルや防火用バケツを手にした親子連れや夫婦など約40人が写る。資料館などによると43年夏、胡神社の南側で防空壕(ごう)を掘った記念に撮影されたものらしい。たんす店の看板の一部や「堀川町第三隣組」の旗が見え、防空壕を掘って出た土の山も見える。

 広島市中心部では各町内で隣組を結成し、防火訓練を繰り返した。住民が総出で防空壕を掘った地区もあり、堀川町もその一つとみられる。写った人たちの表情はまだ明るく、団結して作業した様子が伝わる。

 写真は「家に残しておくよりも…」と国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に持ち込まれ、原爆資料館に託された。寄贈者の祖父は黒焦げの遺体で見つかり、行方不明のままの親族もいるという。資料館は公開を検討する。(桑島美帆)

(2018年6月25日朝刊掲載)

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