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熊野空襲で仏円さん保管 爆弾破片 町に寄贈 郷土館展示を検討

 第2次大戦中、米軍機が広島県熊野町内に落とした爆弾の破片を、同町初神の農業仏円博さん(81)が「戦争遺物として役立てて」と、町に寄贈した。町教委が説明板を付けて展示する。

 破片はB29爆撃機が落とした爆弾の底の一部とみられ、最大長12センチの拳大。さびているが重さは1.1キロあり、威力の大きさを物語る。1945年3月8日午前0時50分ごろ町内に10発落とされ、仏円さん宅敷地にも破片が飛来していた。

 仏円さんは最近、知人の町文化財保護委員梶矢祥弘さん(76)が地域の戦災などを調べていることを知り、梶矢さんを通じて町へ寄贈。町教委は中溝の町郷土館への展示を検討している。

 仏円さんは「破片の多くは住民が回収して再生に出したが、これ一つだけ何げなく保管していた。戦争が再び起こらないよう、遺物となるなら活用してほしい」と話している。

 県戦災史によると、この時の熊野町への空襲は、県内では44年11月の原田村(現尾道市)に次ぐ2番目。田や林に直径、深さとも数メートルの穴が10カ所開き、仏円さん宅が傾く被害があったが、けが人はなかった。

 梶矢さんも「熊野空襲のことはあまり知られていない。町内には高射砲陣地もあった。併せて歴史を伝えたい」と話している。(田中伸武)

(2013年1月9日朝刊掲載)

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