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社説・コラム

天風録 『黒い雨にうたれて』

 荼毘(だび)に付された母は真っ白な灰だけになった。<原爆は骨まで食いつぶすのか>。怒りを胸に中沢啓治さんは、わずか1週間で劇画「黒い雨にうたれて」を描き上げる▲主人公の殺し屋は家族を奪った米国を憎み、闇の武器商人らを付け狙う。露骨すぎると大手出版社が尻込みする中、掲載を引き受けてくれた漫画誌編集長も苦笑した。「あんたと俺はCIAに捕まるかもな」。1968年、中沢さんは初めて原爆を題材にした作品を世に送り出す▲その同じ頃、少年漫画の世界では表現の地平が広がった。少年ジャンプの創刊だ。初期の人気作「ハレンチ学園」はお色気路線がPTAで物議を醸した一方、若者たちに猛烈に受け入れられる▲型破りな新進作家が競う中、中沢さんは「はだしのゲン」を連載する。読者アンケートの評判が悪ければ打ち切られるルールだが、戦中派の編集長が肩入れしてくれた。戦争の愚かさを描くど根性に打たれたのだろう▲「黒い雨―」の主人公は深手を負い、いまわの際に被爆2世の少女へ願いを託す。<その目でよく見つめてほしい>。日本が再び戦争への道を踏み出さないように、と。戦後73年を生きる私たちにも託されている。

(2018年7月30日朝刊掲載)

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