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社説・コラム

天風録 『聞きたい語りたい』

 朝からセミが大合唱している。先週末の原爆ドーム前。画板や絵の具を抱えた親子連れが、木陰で被爆者を囲み、話に耳を傾けていた。被爆建造物写生大会の参加者たちだ▲当時を想像しながら筆を動かすことで、子どもたちがあの日の広島の惨状を追体験できれば―。30年ほど前から毎年続く。この日の語り手は在日韓国人朴南珠(パクナムジュ)さん、85歳。涙をにじませて生き地獄を振り返ると、周りに観光客らしき人の輪もできた▲貴重な機会だと受け止めたのかもしれない。原爆が投下されて73年。被爆者の平均年齢は82歳を超えた。いまや祖父母ですら戦後生まれの子どもも多い。戦争がもたらした痛みや苦しみをじかに聞けなくなる日はそう遠くないだろう▲被爆者の方も、元気で話せるうちに、次代へ語り継がねばとの使命感に駆り立てられているようだ。高齢化が進む一方で、広島市が募る「被爆体験証言者」として活動を始める人は、ここ数年増える傾向にあるという▲「思い出すのがつらくて、長く語らずにきた。でも話さないと本当に忘れられてしまう」。朴さんの話を聞いた後は「無言の証人」に向き合った子どもたち。絵筆に託した思いを手放さないでほしい。

(2018年8月1日朝刊掲載)

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