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連載・特集

核時代 改めて問う 「原爆・平和」出版この1年

 この1年も、さまざまな切り口で「原爆・平和」を語り継ぎ、考えるための本が出版された。被爆から73年、歴史的な米朝会談が実現した一方で、核の脅威は依然として拭い去れない。「あの日」を伝える出版物は、改めてヒロシマを見つめ直す意義を訴え掛ける=敬称略。(石井雄一)

ヒロシマを紡ぐ

民喜文学 再評価の動き

 米国による原爆投下は何をもたらしたのか。自らも被爆し、携えていた手帳に広島の惨状を克明につづったのが作家の原民喜(1905~51年)。今年、民喜の文学を再評価する動きが盛んだった。

 梯久美子「原民喜 死と愛と孤独の肖像」(岩波書店)は、「原爆ありき」でない形で民喜の素顔に迫り、かえって被爆体験の意味を浮き彫りに。天瀬裕康編「夢の器 原民喜 初期幻想傑作集」(彩流社)や、未明編集室編「原民喜童話集」(イニュニック)は、戦前から際立っていたその文学性に着目し、再編集した作品集だ。

 一線で活躍する郷土ゆかりの作家も、原爆や戦争を物語に紡いだ。備前市出身で米国在住の小手鞠るいは、米国の高校生が原爆投下の是非を討論する「ある晴れた夏の朝」(偕成社)と、太平洋戦争後からベトナム戦争までの時代を舞台にした「炎の来歴」(新潮社)を相次いで刊行。尾道市出身の高橋源一郎の小説「ゆっくりおやすみ、樹の下で」(朝日新聞出版)は、戦争をテーマに子どもたちに丁寧に語り掛ける。

 反戦・平和の画業で知られ、4年前に死去した四国五郎。シベリア抑留の体験を記した私家版の画文集「わが青春の記録」上・下(三人社)が書籍化された。

 被爆者の証言を掘り起こす取り組みも続く。盈進中高(福山市)ヒューマンライツ部は、坪井直・広島県被団協理事長の被爆体験や半生を取材し、「にんげん 坪井直」にまとめた。皆実高(広島市南区)の同窓会「皆実有朋会」は、前身の県立広島第一高女の学徒動員に関する調査をまとめた資料集「広島第一県女の学徒勤労動員」を発行した。

 ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会は、原爆で焦土と化した旧中島地区の営みを伝える冊子「証言 町と暮らしの記憶」を刊行。広島医療生活協同組合は「ピカに灼かれてPartⅡ」の第12集を、新日本婦人の会広島県本部は「木の葉のように焼かれて」の第52集を発行した。元教員の嶋末節子は、戦争と原爆体験を自分史「夾竹桃の花」につづった。

次代に向けて

歴史や現状を解説

 核時代を見つめ直す手掛かりとなる書籍も出版された。

 原爆文学研究会で活動する川口隆行が編著者となった「<原爆>を読む文化事典」(青弓社)は、核を巡る多彩な表現や論点を整理。同会編「原爆文学研究16」(花書院)は、画家四国五郎の表現と運動の足跡などを考察する。

 ニュース解説でおなじみの池上彰は「世界から核兵器がなくならない本当の理由」(SBクリエイティブ)「高校生からわかる原子力」(集英社)の2冊で、核を取り巻く歴史や現状をかみ砕いて伝える。

 石井光太「原爆 広島を復興させた人びと」(集英社)は、原爆資料館初代館長の長岡省吾たち4人を通じて街の復興を描く。佐藤真澄「ヒロシマをのこす」(汐文社)は、長岡の功績を子どもたちに紹介する一冊だ。

 「被爆電車75年の旅」(ザメディアジョンプレス)は、広島電鉄の被爆電車の歴史や当時の体験談を紹介。大石学監修「戦争体験を『語り』・『継ぐ』」(学研プラス)は、戦争を知らない世代に記憶を伝えるさまざまな活動を取り上げる。

 被爆2世の医師有田健一は、老いゆく被爆者と重ねた対話から証言や今の心境をくみ取り、「私たちの心づもり」(溪水社)にまとめた。

 核兵器禁止条約制定の原動力となり、ノーベル平和賞を受けた「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))。その国際運営委員を務める川崎哲(あきら)の「新版 核兵器を禁止する」(岩波書店)「核兵器はなくせる」(同)は、条約採択までの経過や背景を語る。川崎らの共著「マンガ入門 殺人ロボットがやってくる!?」(合同出版)は、最新技術を使った兵器がはらむ問題に迫る。

 太田昌克「偽装の被爆国」(岩波書店)は、「被爆国の自我」が揺らぐ日本の現在地を浮き彫りにする。若尾祐司、小倉桂子編「戦後ヒロシマの記録と記憶」上・下(名古屋大学出版会)は、原爆資料館長を務めた小倉馨がジャーナリストのロベルト・ユンクに送り、世界的ベストセラー「灰墟の光」の材料にもなった書簡を分析する。

 大平一枝「届かなかった手紙」(KADOKAWA)は、米国での原爆開発を提案しながら使用を阻止しようとした物理学者たちに光を当てる。井上泰浩「アメリカの原爆神話と情報操作」(朝日新聞出版)は、原爆投下を巡り米国内で語られる「原爆神話」について検証。アケルケ・スルタノヴァ「核実験地に住む」(花伝社)は、広島の高校にも通った著者がカザフスタンの核実験場を見つめる。

 堀川恵子「原爆供養塔」(文芸春秋)と豊田正義「ベニヤ舟の特攻兵」(KADOKAWA)は、戦後70年の節目に刊行された単行本の文庫版と新書版。

さまざまな表現

映像や歌で理解深める

 広島文学資料保全の会などは、原爆詩人の峠三吉と同志たちを描いた演劇の上演活動を「2017<河>公演記録集」にまとめた。長津功三良「わが基町物語」(幻棲舎)は、疎開先から被爆後に帰った広島での回想を中心に編んだ詩集。

 「白井晟一の原爆堂」(晶文社)は、建築家の白井晟一が構想した「原爆堂」の今日的な意義を探る。松尾浩一郎、根本雅也、小倉康嗣編「原爆をまなざす人びと」(新曜社)は、8月6日に平和記念公園で原爆と向き合う人たちの姿を映像と絡めて理解しようと試みる。

 矢野寛治「反戦映画からの声」(弦書房)は、戦争の記憶を物語る映画を読み解く。竹村淳「反戦歌」(アルファベータブックス)は、歌い継がれてきた反戦歌の歴史やエピソードをつづる。

(2018年8月18日朝刊掲載)

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