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連載・特集

高まる機運 提言加速 北東アジアに非核兵器地帯を 長崎大核兵器廃絶研究センター

北朝鮮にも働き掛け

 停滞と後退が続いた世界の核状況が、めまぐるしさを増す。昨年は核兵器禁止条約が成立した。南北首脳、そして米朝首脳の間で朝鮮半島の非核化に向けた意思が確認された。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)は、この機運を追い風に、朝鮮半島にとどまらない北東アジアの非核兵器地帯化を掲げて研究と議論を続ける。もう一つの被爆地からの発信を通して、核兵器廃絶への中長期的な道筋を考える。(金崎由美)

 史上初となった米朝首脳会談を目前にした5月31日から2日間、「北東アジアの平和と安全保障に関するパネル(PSNA)」という会合がロシアの首都モスクワで開かれた。

 米国、中国など8カ国の安全保障の専門家、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を統一外交安保特別補佐として支える文正仁(ムン・ジョンイン)氏ら政府関係者や元外交官が出席。加えて、在ロシア大使館の北朝鮮外交官2人が参加した。質問や発言はなかったが、休憩時間には雑談に応じていたという。

 RECNAが2016年に始動させた「ナガサキ・プロセス」の一環で、会合は3回目。北東アジア非核兵器地帯の実現に向けた議論と政策提言の発信、北朝鮮側へのアプローチを試みている。「金正恩(キム・ジョンウン)政権の指示を受けて参加したことは間違いない。政府間だけでない、民間ベースの協議という複数のルートを持つ意義を認識してくれたと思う」と鈴木達治郎センター長は手応えを語る。

 核兵器を造らない。持たない。他国の核兵器を自国内に配備させない―。特定地域の国々で交わす法的な約束が非核兵器地帯条約だ。条約加盟国に対して保有国は核兵器を使わない、という「消極的安全保証(NSA)」が伴う。

 韓国と北朝鮮に加えて日本が当事国となり、核兵器を持つ米国、ロシア、中国が3カ国にNSAを保証する。それが北東アジアの非核兵器地帯条約構想だ。

敵対から信頼へ

 ただ地域の冷戦時代の構造が残る北東アジアでは実現は困難だと言われてきた。1953年から朝鮮戦争は「休戦」状態のまま。ロシアと中国が核兵器を保有。米国はすでに韓国に配備していた戦術核を撤去したが、「核の傘」を日韓両国に提供する。北朝鮮は94年の米朝枠組み合意や、6カ国協議共同声明などの国際合意を守らず、06年には初の核実験。核・ミサイルが地域の安全を脅かす。

 不信と敵対、緊張の連鎖を何とか転換して、北東アジア全体の信頼関係を粘り強く積み重ねることこそが、核に脅かされない朝鮮半島の平和を実現させる―。非核兵器地帯の出発点となる考えだ。

 それだけに、米朝と南北の両首脳会談で今年中の戦争終結と平和協定への転換方針を確認したことを、RECNA前センター長で非政府組織(NGO)ピースデポ(横浜市)の梅林宏道特別顧問は評価する。「北朝鮮の体制保証という意味でも前進だ。非核兵器地帯を政府レベルで真剣に検討すべき時」。この構想を20年来説いてきた。

 とはいえ、全ての前提となる北朝鮮の「完全な核放棄」には悲観論が根強い。検証はどう進めるか。在韓米軍や在日米軍の役割はいかに変わるか。日本の原子力政策の下、大量にため込んだプルトニウムは―。中国とロシアの出方も深刻な懸念材料になり得る。課題や論点は山積みだ。

 RECNAは作業部会を設置し、積極的に具体策を提言していく考えだ。「合意事項の履行を『検証』されるべきは、北朝鮮も米国も同じ。行動と検証を一歩ずつ進めることが欠かせない」と鈴木氏は語る。

市民の関心が鍵

 一方で関係国、特に日本の政策決定に影響を与えるのは簡単でない。「非核兵器地帯構想実現のための現実的な環境は整っているとはいえない」というのが政府見解である。

 RECNAとの共同研究に加わる広島市立大広島平和研究所の孫賢鎮(ソン・ヒョンジン)准教授は「金正恩政権は非核化と経済発展に本気だ。変化の分岐点にいる今こそ、被爆国として、核に頼らない北東アジアへの意思を発信し、関係改善を目指すべきだ」と強調する。「政府や政治家を動かすのは、国内世論だ」

 米クリントン政権時代の大統領特別補佐官で、「核密約」を伴った沖縄返還交渉も担当したモートン・ハルペリン氏は法的拘束力を持つ非核兵器地帯の実現を唱える一人だ。「一歩一歩の積み重ねに加えて、目指すべき北東アジアの最終的な姿を描き、共有することが大事だ。困難な時も道を見失わないために」と語る。市民も地域の「最終的な姿」としての非核兵器地帯を支持し、関心を持ち続けることが、政府や専門家の背中を押すことになる。

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核禁止条約にもプラス

 非核兵器地帯は、ラテンアメリカおよびカリブ地域、南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアで条約化。地域事情によって適用範囲や条約順守を確かめる制度に違いがあるが、地域限定の「核兵器禁止条約」ともいえる。モンゴルは単独で「非核兵器地位」を宣言。南極も条約で非核化されている。

 南半球にある全ての国の領土がカバーされていることを意味する。「法的拘束力のある地域の非核化」という目標を共有し、時に困難な条約交渉を重ねた成果だ。例えば隣国同士として競い合い、核開発を模索していたブラジルとアルゼンチンは、条約の交渉と履行が緊張緩和のプロセスでもあったという。

 核拡散防止条約(NPT)に加盟する米国やロシアなどの核保有国が、核攻撃や威嚇はしないと約束する「消極的安全保証(NSA)」も非核兵器地帯の特徴だ。保有国の動きが総じて鈍いなど、課題もある。

 核兵器禁止条約の現状を見ると、10月上旬の時点で署名や批准を済ませたのは69カ国。うち60カ国が、すでに何らかの非核兵器地帯条約に加わっている。

 北東アジア非核兵器地帯構想は日本にとって、米国の「核の傘」を求める安全保障政策から転換し、禁止条約に署名するための条件を整備する中長期的な道筋と重なる。

(2018年10月8日朝刊掲載)

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